**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1058回配信分2024年08月05日発行 ちぐはぐなことが起こる原因は 〜間違いを認めすぐに引き返す勇気を持つ〜 **************************************************** <はじめに> ・一度決めたことを翻すのは勇気がいることだ。しかし、その時点での決定 が、その後何らかの環境変化で、正しくないことになってしまうという事態 は、ままある。最近では、定額減税。事務量の負担や、その効果に疑問がつい て、6月から実施されてはいるが期待ほど効果は感じられない。これなら給付 型のほうがよほどよかったなど、反省の弁が多く聞かれる。頭の中だけで考え て、デスクの上だけでプランを考えた結果だろう。民の声を聞かなかったしっ ぺ返しが恐ろしい。北陸新幹線の大阪までの延伸も迷走している。工事費が当 初の想定の倍以上になりそうだとの試算が出て、現在既定路線になっている小 浜ルートの見直し論が俎上に上がっている。実現は相当先なので、その時点で の費用対効果を推し量るのは難しいだろう。そもそも論に戻って考えたほうが いい。 ・国の長期政策目標も、これほど世界経済、経営環境が変わると、当然見直し を迫られる。数年前に考えた中期計画の前提は、ことごとく変わってしまっ た。ウクライナ戦争の勃発、イスラエルでの戦争の激化、多くの国での首長の 交代など、想定の前提が大きく覆った。そもそも、現時点で3年、5年先の経 営環境が正確にわかるはずもない。為替レートも、数日で大きく変動する。中 国経済の先行きも非常に不透明だ。アメリカの大統領選挙の行方も混沌として きた。トランプ氏が大統領に当選するのと、ハリス氏が当選するのとでは、世 界経済、日本に与える影響は雲泥の差が生じるだろう。一度決めた決定は、簡 単に覆る可能性がある。変化の度合いが、短期的なスパンで大きくなる。環境 が変わると、一度決めた意思決定が、現状にマッチしなくなり、非常に「ちぐ はぐ」なことになる。 ・困ったことだが、トップが修正を言い出さないと変えることは難しい。頻繁 に大方針がコロコロ変わると組織は戸惑い、迷走し、ムダが多くなり、ロスが 増え、業績は結果的に悪化する。しかし、変えないといけない事態になれば、 果敢に変更に取り組まないといけない。長期の設備投資計画、人員の採用計 画、資金の調達計画などは、ある前提があって初めて成り立つ。その前提が変 わるなら、変わった時点で修正を加えないといけない。最近では、一時期流 行った中期計画を作らないという企業も多い。作っても、すぐに変えないとい けなくなるなら、作成にかける膨大なエネルギーを他に振り向けたほうがいい という判断だ。全く指針がないというのもまずいから、おおよその方針だけは 出しておく。あとは、その都度臨機応変に考えるほうがいい。 <天下のトヨタでも間違った> ・誰もがおかしいと思っていることでも、まかり通ることは多い。中小企業は 特にトップへの権限が集中しているので、誰もが社長に反対を唱えない。上場 企業だと、最後は株主総会という修羅場を迎えるから、多少薄まるが、それで も株主総会で揉めても会社提案を否決することは、まずない。ごく、稀に、例 外が、たまに起こるくらいだ。それくらい、企業経営において代表者への権力 は集中している。これを会議の席上や役員会でひっくり返すのは至難の業だ。 儀式的な会議の前の段階で、十分揉んで、議論を尽くして、結論を出しておか ないといけない。しかし、なかなか現実はそうはいかない。総論は正しくて も、各論になると、それぞれがそれぞれの利害に基づいた発言に終始して、結 論を出せない。最後は、代表者のツルの一声で物事が決まることが多い。 ・天下のトヨタでもしかり。上場廃止になった東芝もしかり。その他、消えて いった有名企業は多くを数える。中小企業では、所有と経営が同一で、大株主 である代表者が経営のトップに君臨し、外部からの牽制は効かない。独走なら いざ知らず、暴走しだすと、止めようがない。社内の役員は、ほとんどが一族 か従業員から登用した役員だから、トップにまともに意見を言う人はほとんど ない。僅かに、社外役員がいる会社は、多少社外役員から辛辣な意見やご注進 があるだろうから、まだましだ。しかし、面と向かって、代表者の示した意見 に反対を唱えるのは憚られる。社内役員なら、あとでかなり強烈なしっぺ返し があるだろうし、社外取締役なら罷免されるだろう。人事権も握っているケー スが多いので、「モノ言えば、唇寒し」になる。現に、成岡は以前、某企業で 社外役員を罷免された経験がある。 ・変えないといけないことを変えないで、変えてはいけないことを変えてしま う間違いは、よくあることだ。営業戦略、商品戦略、投資計画、人員計画など は、臨機応変に柔軟に構える必要がある。逆に、経営理念、存在価値、社会的 意義、社名や屋号などは、そう簡単に変えるものではない。つい最近、一部上 場の大手企業が100年以上続いた社名を変更した。長い期間考えて、考えて、 経営トップが決断した。社名が事業の中身を表さなくなった。外部から見て、 何をやっている会社か、誤解を招きかねないと危惧した。社名の変更には膨大 なコストがかかる。しかし、それだけの費用を投じても、社名と事業内容の 「ちぐはぐさ」を解消する必要がると判断した。非常に勇気ある、立派な判断 だと思う。トップの決断が、今後の100年に貴重な価値をもたらす。 <代表者が面子にこだわると間違う> ・正しい方向はわかっているが、現状がそれを許さない切羽詰まった環境とい う場合もある。一番わかりやすいのは、資金繰りの困窮だ。手元現金が切迫し ていると、間違った方向に行ってしまう可能性が高い。売上の水増し、原価の 誤魔化し、経費の付け替え、借入金の使途変更、在庫数字の操作など、顧問税 理士を巻き込んでの数字の改竄が行われる。企業経営の本質である、付加価値 の向上、社会的価値の増大、近江商人の三方よしなどという大義名分はどこか に飛んでいき、目先小手先の短期的な目標に邁進する組織風土になる。中期的 な目標設定はできているが、短期的な戦術は目先、目先の収入、収益を追いか ける。中小企業では、特にその傾向が強い。中期計画の目指すものと、足元の 目指すものが異なってくる。 ・財務的に盤石でないと、どうしても今期、今月の売上、利益を追いかける。 赤字を続けると、金融機関から睨まれて、運転資金の借り入れの際に円滑に進 まない危惧を感じる。他人の会社の状態は、岡目八目ではないが、非常によく わかる。ところが、自分のことになると、途端に見えなくなる。足元ばかり見 て、少し先を見ない。見ないから、曲がり角で迷う。先の方針が決まっていれ ば、曲がり角でそう迷わないが、その都度の判断で動くと、迷って行先を間違 う。間違ったことに気が付けば、すぐに引き返せばいいが、面子を重んじその まま突っ走る。気が付けば、かなり遠いところに行ってしまって、戻るのに時 間とコストがかかる。それまでに費やした費用と時間が目先にぶらさがる。そ うなると、判断を間違う。 ・結局、終わってみれば、ちぐはぐなアクションになり、まだら模様のパッチ ワークで、作品にならない。日本人は、当初の計画作成段階では相応のエネル ギーをかけるが、一度決まってしまうと、その後の修正を嫌う傾向が強い。修 正は不細工だとか、格好が悪いとか、世間体があるとか、なんだかんだと理由 をつけて、一度決まったことを変える勇気を持たない。以前の出版社での役員 経験では、全国発売した雑誌がうまく軌道に乗らず、数号で中止、廃刊を余儀 なくされた。大々的に宣伝し、多額の費用をかけた大プロジェクトだったが、 企画のコンセプトが社会的なニーズに合わなくて、廃刊の憂き目に会った。廃 刊という決断を下すのに、相当な時間がかかった。面子を捨てて、膨大な費用 をドブに捨てる決断を下すのに、不毛な議論を繰り返し、膨大な時間とエネル ギーを費やした。 <現場現実現物を大事にする> ・おかしいな、間違ったかな、と思ったときに、すぐに立ち止まり、考え、引 き返す勇気を持たないといけない。面子にこだわり、そのまま突っ走ると、あ とで後悔することになる。長期のプロジェクトの場合、途中で何回か立ち止ま り、考えるポイントを決めてあるはずだ。形式的なチェックで終わらず、本当 に現場はどうなっているか、担当者の本音はどうか、前提と現実との齟齬、乖 離はないか、などを真剣に考えないといけない。これを儀式的に、形式的にや ると、後戻りできなくなる。現場からは悲鳴が上がっているのに、聴く耳をも たない。政治であろうが、企業経営であろうが、家庭内の些細なことであろう が、常に計画と現実とは乖離があるのだと肝に銘じて、真摯に現実に向き合う 姿勢が大事だ。これを怠ると、とんでもないことになりかねない。 ・そのために、上司への報告や経過を多くの人で共有する会議があるのだが、 これを主催する人が勘違いして、形式に流れ、実質を伴わない。反対意見に真 摯に耳を傾ける姿勢が大事だ。真っ当な意見を率直にフランクに出してもらう 空気、雰囲気づくりも重要だ。意見を言うのに、職制の上下に拘るとなかなか 出てこない。今日は無礼講だから、気にするなと言っても、席の配置から資料 の作り方まで、出来レースでやっていると、時間のムダになる。本当に現地、 現物、現場の意見を出すには、それなりの準備、意思統一が必要だ。難しいの は、意志を強く持って最後までやり通すことと、途中で環境の変化に柔軟に対 応してアクションを取ることのバランスをどうとるかだ。これを間違うと、軟 弱ですぐに気変わりすると揶揄されかねない。 ・このバランス感覚が大半の人は自分の中に備わっていないので、外部から診 てもらうしかない。ときどき、ドクターの定期検診を受けることをお勧めす る。企業経営では試算表の数字は出てくるが、数字で出ない経営指標を自身で どう持つかだ。定期的にチェックする自分なりの指標を持つ。どこか狂ってい ないかを、外部から診てもらう。一度決めたことも、果たしてそれでいいか何 回も反芻する。経営理念に基づいた基本方針に添っているか。どこかに私心は ないか。日常の子細なことは現場に任せて、自分は船の船長として大きな航路 の間違いを犯していないか。目先の欲に目がくらんでいないか。言っているこ ととやっていることに、ちぐはぐなことはないか。一歩離れて、自分の影を見 てみる。決めた一定期間にこのような定期検診項目を自分なりに作っておくこ とだ。