**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1069回配信分2024年10月21日発行 あなたの会社は2030年までに時給1500円を実現できるか 〜毎年7%前後のアップ率を維持できるか〜 **************************************************** <はじめに> ・この10月から最低賃金がアップになっていることはご存知だと思う。都道府 県ごとに若干ばらつきはあるが、おおよそ平均で約51円のアップになり、とう とう1,000円を超えた。徳島県などは、人手不足を理由に就労者を呼び込む意 味で、84円という大幅なアップを決めた。次いで、岩手県と愛媛県が59円、島 根県が58円で、27の県で51円以上の引き上げとなった。ほか20の都道府県で50 円の引き上げとなっている。引き上げ後の平均賃金は1,055円となり、最高金 額は東京都の1,163円、次いで神奈川県の1,162円、大阪府の1,114円となって いる。逆に低いのは、秋田県の951円、岩手県・高知県・宮崎県・熊本県・沖 縄県の952円。最高値と最低値の差額は212円。ちなみに最高アップの徳島県の 最低賃金は980円だ。 ・いくつかのニュースソースからデータを拾ってみると、2015年から2019年の 5年間のアップ金額は、時給で18円から27円引き上げられている。新型コロナ の影響が出始めた2020年は1円の引き上げにとどまったが、2021年は28円、 2022年は31円、2023年は43円となっている。そして、今年が51円になった。そ して、その結果今年度のアップで時給の平均は1,055円となった。アップ金額 を見てみると、新型コロナ以降明らかに潮目が変わったことがわかる。おおよ そ毎年前年より10円前後増加が続き、とうとう時給が1,050円を超えた。週に 40時間働く人は、月間200時間として時給50円のアップは月額賃金に直すと、 10,000円のアップになり、手取り増では8,000円前後になるはずだ。社会保険 料などの増加が加わると、企業としては5%以上の労務費の増加になるはず だ。 ・新しく採用された人の時給を上げるとなると、既存の社員の時給も上げない とバランスが取れないことが出てくる。新規中途採用者の時給が、既存の社員 の時給を上回ることになると、まずい。募集広告に記載する時給はオープンだ から、見ようと思えば誰でも見ることができる。なので、10月から既存社員の 時給も順次改訂せざるを得ないという企業が多い。通常の昇給は4月か5月に 実施したが、この10月からも再昇給をすることになった。この時給アップは年 度計画には組み入れてなかったので、損益的には結構大きな影響を及ぼす。20 名在籍の時給パート社員の中には、この時給アップで年収103万円の壁を超え る社員も出てくる。個人個人がそれぞれ計算をして、働く時間数を調整するは ずだ。年末の繁忙期に向けて、出勤調整をされると現場は非常にまずい。 <納品先との交渉が難航する> ・物価高を上回る賃金の上昇を目指すという触れ込みは悪くない。物価の高騰 が続き、実質賃金はマイナスになり、可処分所得は減少している。つまり、賃 金は上がるが食料品やガソリン代、電気代が上がり、実質の収支はマイナスに なっている。こうなると食料品以外の消費支出は手控えることになる。外食の 回数、旅行の日数、娯楽に使う支出、衣料品の購入などに抑制がかかり、出費 をセーブする。結局、消費支出は増加しない。ラーメンも一杯1,000円を超え ると、そう頻度多く食べに行くわけにもいかない。家族で外食に行く回数も めっきり減った感じがする。宴会の後の二次会もあまり行くことがなくなっ た。タクシーに乗る回数も減って、地下鉄の動いている時間内に帰る癖がつい た。 ・総選挙のスローガンに2020年代に最低賃金を1,500円にもっていくというの があった。あと6年で約450円上げるとなると、率にして約7%のアップを毎 年続けることになるだろう。ベースアップと定期昇給を合わせて7%というの は非常に大きい。社会保険の負担など周辺の付随した増加を加味すると、おお よそ10%弱の労務費増加を毎年織り込んでおかないといけない。自分の企業で これは実現できるだろうか。末端の価格決定権のある事業者ならいいかもしれ ないが、一部のサービス業を除いて下請け的な業態が大半の中小企業で果たし てそれが可能か。美容院や飲食店なら、消費者に提供する価格を上げることは 可能だ。それで、お客さんが納得し客足が落ちなければそれでもいい。 ・しかし、製造業ではどうか。納品先の大企業が果たして価格アップの交渉に 応じてくれるか。大企業でも同様に賃金のアップは避けられないから、少しで もコストを抑えたいという要求は強い。製造業でも、仕入れの材料は上がる、 電気代は高いまま、諸経費も上がる中で、労務費が10%近く上がるのは非常に 痛い。発注をしてくれる大企業と交渉をして、納品価格のアップを認めてくれ るだろうか。上げるなら他社に発注を振り返るという、いじめが起こらないだ ろうか。下請け中小企業で談合し、価格カルテルのような協定を結べるのなら 別だが、そうはいかない。交渉に使用する資料をいくら精緻に作っても、信用 してもらえないならどうしようもない。昨年はいくらか価格アップを認めても らったが、今年の交渉は難航を極め、結局時間切れとなってしまった。来年実 現できる保証はどこにもない。 <価格より価値で勝負できるか> ・小売業も苦しい。仕入れて、販売する。そこにどれくらいの付加価値をつけ ることができるか。成岡が以前在籍した出版業界では、最終は書店で書籍、雑 誌を販売している。年々、書店がなくなり、売上も減少するなかで、書籍や雑 誌を仕入れて、店頭に並べ、販売している。書店の粗利はおおよそ20%。売れ 残りは返品できるとはいえ、末端の販売価格は再版商品なので書店で勝手に変 えることはできない。この粗利20%の中で、人件費が年々10%弱上がり続けた ら、お店の経営はかなり苦しくなるはずだ。自分の市町村に書店が一軒もない 地区が急増している。独自色を打ち出す書店も出てきてはいるが、まだまだ少 数。最低賃金のアップが書店経営の首を絞めるだろう。売上を増やすための妙 案はあるか。 ・メーカーから商品を仕入れて、小売業に卸す業態も非常に厳しくなるだろ う。小売業からすれば仕入れの価格は低いほどいいはずだ。値上げを言われて も、そう簡単に納得できないだろう。あまり強硬な交渉になると、仕入先を変 えると言われかねない。人件費が上がったから、その分納品価格を上げさせて 欲しいという要求は、それだけでは通りにくい。では、どうすればいいか。ど うすれば人件費のアップを吸収できるか。ここは発想を変えて、人件費のアッ プを他の経費のコストカットでカバーするのではなく、付加価値を高めること に集中するのが得策だ。従来の商品なら20%だが、この商品ならなかなか手に 入らないものだから、30%の粗利をとってもおかしくない。あるいは、商品の 何らかの加工を加えて付加価値を高める。または、何らかの情報を付けて販売 する。アフターフォローを完璧にする。 ・つまり、人件費の上昇をカバーするには他社と同じことをやっていてはダメ なのだ。他社と同じなら、同じ利益しか手に入らない。少しでもいいから、他 社と違うことができないといけない。特殊な商品の仕入れができる。滅多に手 に入らない貴重な商品が入手できる。国内でも、海外でもいい。貴重品的な商 品が、ある時期に限り仕入れができる。市内で残っている米屋さんでも、特殊 なお米を売っている店がある。量は少ないが、この店でしか手に入らない。お 酒屋さんもそうだ。新潟県の特殊な商品がその店なら数量限定だが、売られて いる。大量仕入れ、大量販売のスーパーや量販店なら別だが、街の酒屋、米 屋、電気屋で生き残るなら、価格ではなく希少品で高付加価値の商品を扱う。 あるいは販売した後のサービス、情報提供で差別化する。 <毎年7%の賃金アップを実現するには> ・付加価値つまり粗利に占める人件費の割合である労働分配率が高いというこ とは、付加価値に占める人件費の割合が高いということだから、多くの原資を 従業員の給与や賞与に充当していることになる。これは結構なことなのだ。高 い労働分配率は、単純に言うと給料が高いと言うことになる。業種で言えば、 一例で医療機関。医療機関の労働分配率は80%を超えるだろう。ドクターや看 護職員、メディカルスタッフの待遇は他の業種に比較して高い。それは、高度 の医療サービスを提供する技術職だからだ。資格を持ち、高度の技術を有し、 それなりの勉強期間を経て経験を積んでいるから、高くても当然なのだ。一般 の業種で高い労働分配率を確保するには、希少価値で、他では提供できない付 加価値の高い商品や製品、サービスを提供できるかだ。 ・以前、広い敷地の実家に年に数回来てもらっていた植木屋さんの職人もそう だろう。芸術家、美術家、音楽家もそうかもしれない。以前在籍していた出版 社で、書道関連の専門書を担当したことがあったが、書道の会派のトップが描 いた作品には非常に高い値段が付けられる。世の中にその作品しかない。落款 を推して、表装をして、扁額などに収まると、それだけで優雅で品と格式を感 じる芸術品になる。対価はほとんどが人件費だ。そう考えると、高い労働分配 率を維持できる企業は、提供している製品、商品、サービスの付加価値が高い はずだ。以前は、賃金を抑えて内部留保を増やし、経営の安定化に努めたが、 今後は高い労働分配率を維持できる企業が生き残るだろう。中小企業は、株主 への配当より、労働分配率を高く維持することを考えないといけない。 ・問題は、一度高めた労働分配率を維持する、継続することができるかだ。あ る年度にのみ、高くするなら賞与で大盤振る舞いをすればいい。給与を上げる と、簡単に下げられない。賞与は業績の好不調で調整できるが、給与は月次で 調整は難しい。出来高払いをするなら別だが、月次の給与を簡単にダウンする のはご法度だ。ならば、一度上げた水準を毎月、毎年、コンスタントに維持で きるビジネスモデルにしないといけない。これは、簡単なことではない。いま すぐできる事でもない。しかし、数年先にこうありたいというビジョンを掲 げ、数字の目標を設定し、それに向けて努力する。目的地を明示し、方向を定 め、行動の中身を開示し、全員のベクトルを一致さす。その姿勢を常にキープ することが大事だ。これからは労働分配率の高い企業にしか人手は集まらな い。自分の企業でそれができるか。