**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1070回配信分2024年10月28日発行 人件費を上げても事業継続できる企業にする 〜基本的な考え方を決めてぶれないように〜 **************************************************** <はじめに> ・先週号で労働分配率を上げるには、付加価値の高い事業に移行しないといけ ないと書いたが、これを実現するには大変な努力が要る。高度経済成長時代な ら日本経済の規模、パイが大きくなっていった時代だったから、それについて いけばよかった。発注側、得意先の企業の規模が大きくなり、それに伴い発注 金額も増えていった。その増える発注額に対応できれば、勝手に売上は増え、 収益も増加した。売上が増える増収になり、それに伴い利益も増える増益に なった。社員数は徐々に増加し、事業所も1か所が2か所になった。この状態 が未来永劫に続くと錯覚した。土地、株など会社の資産価値が勝手に増えた。 何もしないでも企業が成長していると誤解した。実は図体だけが大きくなり、 膨張していたのだが。 ・ここで大きく2つの方向があった。ひとつは、この流れが続くだろうと錯覚 し、資産を増やした。土地、建物、株を買って、現金を固定資産に変えた。固 定資産が時間と共に値上がりすると当時はほぼ全員信じていた。門外漢のゴル フ場経営に乗り出した企業や、オーストラリアのゴールドコーストのリゾート マンションを買った企業もあった。近場では、琵琶湖そばに建った新築マン ションのいくつかの部屋を福利厚生のつもりで購入した。ほとんど一回も使わ ないうちに、手放した。成岡の在籍していた企業は、中京区新町通りの四条上 がるに建った地上6階地下2階の新築ビルを15億円で購入した。全額私募債 だったので借金だ。5年後からの返済だったので、大丈夫返せると思った。 1000万円かけて引っ越したが、業績の悪化で数年後に売却し、多くのコストを かけてもとの旧本社へ出戻った。 ・もうひとつは人的投資に注力した企業。それまでの中途採用を続けながら、 大卒新卒採用を始めた。全く知名度のない企業だったので、当初は応募者がほ とんどなく、苦労した。第一期生は3名採用したが、数年後には全員退職し た。しかし、めげずに毎年2名前後の採用を続け、募集ノウハウも蓄積し、数 年後には定着率も良くなった。30年後のいま、幹部の大半はこの新卒採用者 だ。また、最近ではこの幹部候補生を毎年1名ずつ地元の大学の社会人大学院 に2年間勉強に行かせている。全額会社負担でMBAの資格を取るまで面倒見て いる。平日の夜間と、土曜日、日曜日を充てるので、業務に大きな支障はな い。また、公立の社会人対象の技術教育センターに6か月間講座に通わせた。 京都市の産業技術センターとの共同研究も始めた。 <基本的な判断基準を決めておく> ・資産を増やすのは、購入すればいい。製造業なら、土地、建物、機械は、事 業に利用活用すれば、収益に貢献するかもしれない。しかし、新築の本社ビル を買っても収益にどれほど貢献するのか。消費者、お客さんが直接モノを買い に来てくれるなら、本社ビルを立派にすることには意味があるだろう。しか し、当時の事業はそうではなかった。旧本社が手狭で数か所市内に分室を設け ていて、その家賃と場所が離れていることの不便さを解消するためだけだっ た。立派な新築の本社ビルを買えば、確かに見栄えは言い。採用に応募する人 の質、人数も増える可能性はある。しかし、立派な本社ビルが収益を生むので はない。収益の源泉は人材なのだ。そこを錯覚した。成岡を含む役員が、代表 者の強硬な提案にノーを言えなかった。悔いの残る判断だった。 ・人材投資の回収は時間がかかるし、不透明だ。新卒で入って、業務に慣れる のに3年くらいかかる。そこから、リーダー、主任、係長などを経て、管理職 になるのが30歳くらいか。数名の部下を管轄し、ある部門の責任をもって、予 算計画を立案し、労務マネジメントを行い、不測の事態にも臨機応変に対応 し、会社に貢献するまでに、最低5年くらいはかかるだろう。下手をすると、 それくらいで転職するという最悪の事態になりかねない。その年齢になると、 結婚も考えるはずだ。将来の生活設計、キャリア形成なども頭に浮かぶはず だ。それに会社が、企業が応えることができるか。できなかったら、転職して 他の企業に移るだろう。そこまでかけた時間、エネルギー、努力も水の泡にな る。そのような人材がさらに活躍できるように会社のレベルを毎年上げる必要 がある。 ・どちらが先か。卵か、鶏か。要は、おカネの使い道だ。そんなに簡単にどち らがいいと決めるわけにはいかないが、会社として、企業としての方針が決 まっておれば、都度々々の局面で判断を間違わないはずだ。これは、何もおカ ネの使い道だけのことではない。トラブル時の対応、不測のアクシデントへの 対処、外部からの商い機会の持ち込み、新しい紹介先との面談、外部からの売 り込みの案件、などなど多くの判断機会がある。団体への加入のお誘いや、選 挙での協力要請、海外視察団体への参加のお誘い、展示会への出展要請、金融 機関からのいろいろな依頼事項など、周囲を見れば多くの判断機会がある。い ちいち、どうしよう、こうしようと悩んだり、社内で相談したりしていては、 身が持たない。基本的な判断基準がないと、経営が迷走する。 <やないことを文字化しておく> ・やることを決めておくより、やらないこと、手を出さないことを決めておく 方が迷わない。やることは、その時点の条件、環境で変わる可能性がある。外 部環境は常に、時々刻々変化する。なので、やることを決めることは難しい。 京都の老舗でも、ずっと同じ事業を継続している企業は少ない。100年経過す ると、祖業つまり創業時点の事業から、かなり遠くに行っている事業を行って いることが多い。特に、製造業、サービス業はそうだ。仏壇の金具製造から始 まった企業が、現在は最先端の医療機器を作っていたり、建材の卸売業の会社 が石油製品全般を扱う商社になっていたりする。事業は、その時の、時代の ニーズに合わせた事業ドメインで勝負するからだ。当然、新しく始める事業が あれば、時代の要請がなくなり止める事業も出てくる。それでいいのだ。 ・やらないことは何か。不動産事業には手を出さない。不要な土地、建物、物 件に投資することはしない。国内事業のみに絞り、中国や広く海外に進出する ことはやらない。実店舗で勝負し、NET販売事業はやらない。贅沢を慎み、質 素倹約に努めるため、いまだに特定の日に特定の行事をして、脇が甘くなるの を戒めている企業がある。5年ごとに創業記念日に行事を行い、利害関係者に 感謝の気持ちを伝えることをする。その代わり、毎年のムダな出費を行わな い。利益が出たときにどっと配当するより、毎年コンスタントに収益を挙げて 関係者に配分をする。そう決めれば、判断の軸が変わらない。事業内容は時代 の要請と共に変わってもいいが、このような判断の軸は変わらないし、変えな い。 ・このような企業では、やらないこと、やってはいけないこと、しないことに 関しては、文章化、文字化されていることが多い。最近の言葉では、見える化 だろう。老舗の企業では、家憲や家訓に相当する。代々、口伝えで伝承されて いくと、表現が変わったり、勝手な解釈で意味を変えたりすることが出てく る。それをしない、できないようにするために、書置き帳のようなものが残っ ている。古い商家では、古文書のようなもので、現代語に訳しないと、今の人 には分からない。文言が短いので、解説が要る。その時代、時代の経営者が、 解説をするのだろうが、短い文章なので非常にわかりいい。誤解を招くことも なければ、新しい解釈を付け足すこともない。時代を超えて、社員の年代を超 えて、守り継がれるのは、このように難しいことではなく、簡単なことなの だ。 <事業の原理原則をクレドに> ・「クレド」という言葉をご存じの方も多いだろう。「憲章」とも訳されてい るが、企業理念、パーパスなどをわかりやすい簡潔な言葉で表現したものだ。 箇条書きで行動指針の原点になるようなものだ。最近、リスクマネジメントに 関する講演の要請があったので、いろいろと資料を当たっていると、企業の危 機管理という検索では、必ずJ&J社(ジョンソン・アンド・ジョンソン)のタ イレノール事件への対応と言うのが出てくる。相当古い話しだが、1982年当時 J&J社の子会社が製造していた鎮痛剤に毒物が混入し、飲んだ人が数名死亡す るという事件が発生した。原因は不明だったが、会社はすぐに事態を公表し、 製品を回収し、経営者がメディアに何回も登場し、対策を説明した。そして、 混入ができないような包装パッケージをすぐに開発し、入れ替えた。 ・J&J社の「クレド」には4つのことしか書いていない。要約すると、「第一 の責任:全顧客に対する責任」、「第二の責任:全社員への責任」、「第三の 責任:地域社会への責任」、「第四の責任:全株主への責任」。役員会での結 論は、このクレドに添ってすぐに決定され、3100万本の製品の回収と広報の費 用が当時の為替レートで277億円という膨大なコストがかかった。しかし、当 時のJ&J社のバーク会長は全く迷いなく、クレドに添って会社は消費者の命を 優先し、利益は二の次だと訴え続けた。従業員も総出で店頭から商品を回収す るのに奔走した。原因は不明で、犯人は捕まらなかったが、それより安全を優 先する企業姿勢に大きな共感と賛同を呼んで、一時期落ち込んだ業績と株価 は、その後一気に回復した。 ・今でもこのJ&J社の取った行動は危機管理のお手本と言われ、多くの教本に 掲載されている。反対に、これと逆の行動をとった企業は過去に多くある。要 は、経営上の基本的なことの指針を決めているか。次に、決めたらそれに沿っ て判断し、行動する組織になっているか。決めてはいるけど、実行していない 企業や組織は多い。そして、末端まで徹底しているか。浸透しているか。常 に、経営陣はこのことに注力しているか。意外と、原理原則は単純だ。説明を くどくどしないといけない、分からない理念はお題目を並べただけだ。事業の 付加価値を高めるには、このような原理原則をきちんと決めることだ。損得で はない。正しいか、正しくないか。企業経営者の哲学が問われる。そのような 企業しか、今後生き残れない世の中になるだろう。