**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1071回配信分2024年11月04日発行 あの名門船井電機が破産! 〜この破産劇から学ぶことは多い〜 **************************************************** <はじめに> ・TV事業で一世を風靡した船井電機が、10月24日東京地方裁判所から破産手続 き開始の決定を受けた。2000年代には液晶テレビ事業で北米市場シェア1位と なり、4000億円近い売上高を誇った「世界のフナイ」が破産に追い込まれた。 NETから情報を集めてみると、持ち株会社の船井電機HDが高収益事業の確立を 目的に美容事業を拡大するため、2023年に脱毛サロンチェーン運営会社ミュゼ プラチナムを買収したが、わずか1年後に売却。そのミュゼプラチナムが代金 未払いで広告会社に対し抱えていた負債について船井電機HDが連帯保証してお り、船井電機の9割の株式を広告会社が仮差し押さえするという事態が起き た。この間、現金の流出は止まらず、月末の資金繰りの目途が立たなくなっ た。 ・手元の現金が本当にわずかになり、内部の取締役が取締役会の決議を経ず に、裁判所に破産を申請した。こういうケースは準自己破産というが、非常に 珍しい。再建ではなく、整理を目指すとなっているので、企業の歴史には終止 符が打たれることになった。即日、従業員に解雇の通知がなされた。通常、こ の規模の企業の経営が行き詰った場合でも、何とかスポンサーを見つけて、再 生を図るのが普通だ。棄損した事業価値だが、まだ見込みのある事業もあるだ ろう。しかし、今回は急に、いきなり破産となった。非上場の会社なので、詳 細はわかりにくいが、本業への取組の失敗というより、偉大な創業者の死後、 ガバナンスの欠如がそもそもの原因ではなかろうか。以下に、わかる範囲で破 産の経過を検証してみる。 ・1961年にトランジスタラジオなどの電機製品のメーカーとして設立された船 井電機が、大きく成長する契機となったのが米ウォルマートとの取引開始だっ た。1990年代にウォルマートと提携し、全米の同社店舗で船井のテレビをはじ めとするAV機器を販売。OEMによる製品供給の拡大や、2008年のオランダの フィリップスからの北米テレビ事業取得などもあり、世界的に名を知られる存 在となった。20年前にはニューヨークのヤンキースタジアムにFUNAIのロゴ マークの広告があり、その前で松井秀喜がワールドシリーズを戦った。同名の ゴルフ大会も開催され、タイガーウッズがTVに映っていた。創業者の船井哲良 氏は億万長者として雑誌にも紹介され、絶頂期だった。それが、ジェットコー スターのように急激に奈落の底に沈んだ。 <OEMからの脱却で墓穴> ・好調は続かなかった。2010年代に入ると、徹底したコスト低減による低価格 を強みにシェアを拡大させていた船井電機は、海信集団(ハイセンス)やTCL 集団など中国勢の台頭に押され業績が悪化した。ここから船井電機の迷走が始 まった。ひとつの事業で好調な業績が永年維持できるほど、ビジネスの世界は 甘くない。まして、世界で戦うとなると。創業者である船井哲良氏(当時は取 締役相談役)は大きく経営戦略を転換させ、北米向けの低価格のOEM供給か ら、日本国内向けの4Kテレビなど高品質商品を自社ブランドで販売する方針に シフトした。2016年にはFUNAIブランドのテレビについてヤマダ電機(現ヤマ ダデンキ)と10年間の独占供給契約を締結するなどしたが、業績は好転しな かった。 ・OEM生産の場合は、自社ブランドの知名度は低いが、受注を受け製造した製 品はほとんど発注側の責任で納品できる。しかし、あくまでも黒子に過ぎな い。いくら売り場に製品が並んでも、消費者はFUNAIの名前を認知することは 少ない。よく見れば、購入したメーカーの社名の下に小さく製造した会社の名 前が書いてある。OEM生産から自社ブランド製品への転換と言うのは、戦略と して悪くはないが、ある意味非常にリスクが伴う。まず、販売網の整備が要 る。OEM生産なら発注先企業が販売を担うから、受注した製品をきちんと製造 し納品すればいい。しかし、自社ブランドとなると販売網の整備、物流のシス テム、代金の回収、在庫の管理など、多くの付帯業務がある。確かに、自社ブ ランドの場合、利益率は大きく改善される。消費者が購入する末端価格の決定 権もある。 ・しかし、業績は一向に改善しなかった。2021年には出版社である秀和システ ムの子会社である秀和システムホールディングスのTOB(株式公開買い付け) を受け入れて上場廃止になった。2023年に持ち株会社制に移行し、船井電機・ ホールディングス(HD)傘下に事業会社の船井電機を置く体制となった。今年 の9月には船井電機HDの上田智一氏(秀和システム代表取締役)が事業会社の 船井電機の代表取締役社長を退任。10月3日には、船井電機の社長の後任には 元日本政策金融公庫専務の上野善晴氏が、会長には元環境相の原田義昭氏が就 任すると発表されていた。しかし、10月25日現在、同社公式サイト上の会社概 要の役員一覧に上野氏の名前はない。何か異変が起こっている。 <後継者への承継で失敗> ・一時はテレビ事業で北米市場シェア1位にまで上りつめた船井電機が破産に 至った原因については、いろいろと考えられるが、大手家電ブランドに近い品 質で低価格という商品戦略で、液晶テレビを中心に北米で売上を伸ばした。た だ、その絶頂期は1997年にアメリカでウォルマートとの取引を始めたときから 創業者の船井哲良元社長が退任するまでのほぼ10年間だけという短期間だ。そ の後、液晶TV市場において中国系メーカーが台頭し、徐々に競争力を失って いった。事業が好調な間に、次の手を打つというのは当然の戦略だが、実際に はそう簡単なことではない。事業が好調だと、組織の中に危機感が薄い。リス クを取って次の収益が見込める事業に進出するという決断が、なかなかできな い。仮に、経営トップがそう意思決定したとしても、組織全体が動くのはかな りのエネルギーが要る。 ・次の要因として考えられるのは、後継者選びに失敗したことだ。2007年に船 井氏が社長を退任した際には売上高が過去最高の3967億円だった一方で、過去 10年間で初の赤字に転落した。北米市場での大型テレビの販売競争が激化した ことで、2008年には売上高が前年比で30%減と大幅に縮小し、その後は売上減 少と営業赤字が続いた。その結果、2014年から2017年にかけて、4度にわたっ て社長交代があり、一層方針が不明確になり迷走が激しくなった。4年間で4 回の代表者の交代と言うのは、通常の大企業ではあり得ない。当然、経営は不 安定になり、外部からの評価は下落し、優秀な従業員は退職し、会社自体の事 業価値が大きく棄損した。いつぞやの日本も総理大臣がころころ変わり、世界 から笑いものにされた。同じ事が起こった。 ・後継者選びの失敗から経営が迷走し、2016年には▲338億円という過去最大 の赤字を計上。その後も事業規模を縮小しながら経費削減に取り組んだが、業 績悪化は止めようがなく、2020年には売上高がついに1000億円を割り込んだ。 ここまで来ると経費削減などという小手先の方策では全く効果がなく、ずるず ると蟻地獄のような泥沼に落ち込んだ。そして、起死回生を狙って、2021年に TOBを通じて上場廃止をしたうえで新しいオーナーの下で再建をしようとした が、その再建が失敗した。新たに船井電機のオーナーとなった秀和システム は、上田智一社長自らが船井電機HDの社長となり、5つの領域でM&Aを行って 事業再建を目指すことを表明した。その領域とは家電、美容・医療、リサイク ル、車載機器、デバイスで、第1弾として2023年に数十億円で買収に踏み切っ たのが脱毛サロンのミュゼプラチナムだった。 <この破産劇を反面教師に> ・脱毛サロンの成長に加えて、サロンで用いる美容家電まで手をひろげる目算 だったが、結果としては1年で同社を売却することになった。この時期、脱毛 サロン大手がつぎつぎと経営破たんする状況が続いていた。2017年にエターナ ルラビリンスが、2022年に脱毛ラボが経営破たんし、船井電機がミュゼを買収 した2023年の年末には業界大手の銀座カラーまでが破たんに追いこまれた。 ミュゼも同様に経営が苦しく、巨額のネット広告費が未納になりネット広告会 社から訴えられた。ミュゼ株を売却した船井電機HDはミュゼの20億円ともいわ れる負債について連帯保証をしていた。最終的にこの10月にネット広告会社が 船井電機HD株の大半を差し押さえることを東京地裁が決定した。その前月に上 田社長は退任し再建の道を探っていたが、支払い不能と判断され、取締役会の 決議を経ずに準自己破産にいたった。 ・破綻の原因を総括すると、OEM生産から自社ブランドに切り替えたこと。後 継者選びに迷走し、短期間で代表者が何回も変わったことで経営方針が迷走し たこと。その結果、新しい市場にM&Aというリスクの高い手段で進出し失敗し たこと。この3つの原因が大きいと思われるが、つきつめて考えれば偉大な創 業者のワンマン企業が、市場環境の変化に対応できず、業績が好調であったが 故に新規事業への進出も不成功に終わった。これらの要因を反面教師とするな ら、これらと逆の施策を考えればいい。祖業が安定し、好調な業績をたたき台 しているうちに、これが未来永劫に続くと思わないことだ。いいときに、次の 手を打つというのは経営の常道だが、これがなかなか難しい。いい意味の危機 感を組織に浸透さすのは、半端なことではない。よほどの危機感を持たない と、組織は安住するものだ。 ・創業者が偉大だと、後継者が育たないし、周囲もワンマン創業者に諫言がで きない。尊敬の念を持つことと、積極的に意見具申をすることとは別だ。そし て、窮地に落ち込んでからのリスクの高い博打のような事業への進出はご法度 だ。売上高という規模を追い求めると、このような事態に落ち込むことが多 い。戦後、ミシンの輸出業から世界的な家電メーカーへと大変身した企業だ が、今回なるべくして破産に至った。いろいろな要因が複合的に混じり合った 破産劇だが、この事例から我々が学べることは多い。中小企業でも極めてあり がちなこの破産劇を、教科書と肝に銘じ反面教師と心得て、こうならないよう にどうすればいいかを常に毎日考えを巡らさないといけない。この破産劇は決 して他人事ではない。我々の企業も陥りがちな現象を多く含んでいる。