**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1107回配信分2025年07月14日発行 迷走するトランプ関税 〜最後は中国との覇権争いか〜 **************************************************** <はじめに> ・7月9日のトランプ関税期限が切れて、日本には25%の上乗せ関税をかける との文書が通知されて、交渉期限は8月1日と設定された。期限の延期はない と言明したので、あと3週間くらいの間に最終合意に至るか、非常に不透明 だ。特に、今回やり玉に挙がっているのが日本車のアメリカへの輸出。逆に、 アメリカからは日本へのコメの輸出。今まで、担当大臣が7回もアメリカに飛 んで交渉したが、結局まとまらず。その後、先方の担当責任者と何回も電話で 話しをしたが、妥協点は見いだせず、現時点では物別れに終わっている。日本 政府は後世に禍根を残すような安易な妥協はしないと、突っぱねている。交渉 の詳細な経過が、トランプ親分の手元に届いているか、疑問だ。日本は、今回 の交渉相手国では厳しい扱いを受けている。 ・落としどころが見えないのが、一番の不安材料だ。これはここまで妥協し て、これはここで手を打つ、など交渉には駆け引きがつきものだが、それでも お互いに腹を探り合い、落としどころの感触を探る。水面下非公式に担当者同 士で話し合い、その結果を親分のところに持ち込んで、相談する。最後は親分 が決めるのだが、この担当者の意見、意向が大きい。これはここで妥協したほ うがいい、これは譲るべきではない、といった本音の落としどころは交渉の当 事者でしかわからない。阿吽の呼吸と言うか、雰囲気と言うか、ニュアンスと 言うか。通訳を通しての交渉だから、微妙な表現がどれくらい正確に伝わる か。日本流の交渉、特に人情に絡んでの泣き落としなどは通じないだろう。 ・トランプ親分の意向も読めない。もともと不動産屋だから、交渉術には長け ている。なかなか手の内を見せないし、本音も分からない。非常に高いボール を投げて、いったん相手をのけぞらせ、その様子を見ながら落としどころを 探っているように思える。TPPのような多国間の合意は一切無視して、あくま でも2国間での交渉で決着をつけようとする。アメリカが不利になる交渉は、 入り口で拒否する。もたらされている情報も、意外と誤解がありそうだ。日本 との貿易も、単なる輸出、輸入との差し引きではなく、数字にならない、形の ないトレードも多くあるはずだ。アメリカに払っているロイヤリティや特許料 もあるだろう。貿易とは、単に輸出と輸入のおカネの差引だけではないだろ う。しかし、親分がダメと言えばダメなのだ。 <安易に妥協しないと啖呵を切った> ・アメリカは自動車をもっと買えという。コメをもっと輸入しろと言う。も し、アメリカの車が日本国内で評価が高いなら、自然にもっと売れているはず だ。京都市内に限らないだろうが、市内で見かける外国車はほとんどがドイツ 製だ。フォルクスワーゲン、BMW、ベンツ、アウディなど、お馴染みの車が多 い。成岡の知り合いでも、多くの方がドイツ車に乗っている。右ハンドルの車 も多く、ワイパーとウィンカーが逆なくらいで、サイズもコンパクトで非常に 乗り心地がいい。燃費はハイオクならリッター10kmくらいか。市内で短い距離 なら、燃費は良くないが、郊外に行くと俄然燃費は一気に向上する。それに対 して、アメリカ車はほとんど見かけない。大型で、小回りが利かず、燃費が悪 いからだろう。決して法規制だけの問題ではない。 ・企業努力というものがあるだろう。他国で自国の製品を買ってもらうには、 それなりの努力が要るはずだ。スズキはインドで自動車を販売し、高いシェア を獲得するのに長い時間がかかった。しかし、インド市場を諦めず攻めたの で、多くの現地ニーズを把握し、製品開発に活かした。高い気温、湿度、道路 状態、修理ネットワーク、部品の供給、アフターサービスなど、車の販売と いっても多くの要素が絡んでいる。車自体の性能もあるが、エアコン、シート の乗り心地、タイヤなどの周辺要素も大きい。アメリカ車をもっと日本で普及 させたいなら、これら多くの要素を磨き上げないといけない。単に自動車とい う工業製品を輸出したらいいというだけではない。そこまで腹を括ってやる気 がないと、できない話しだろう。それは感じられない。 ・今交渉中の関税率を、そのまま日本からアメリカに輸出している製品にかけ るとなると、これは大きな問題になる。特に、自動車などの工業製品に対する 関税率が相当高くなる。これほど高くなるなら、アメリカ国内に自動車生産工 場を建てて、アメリカの労働者を雇用し、自国生産、自国消費に持ち込もうと する。しかし、場合によっては日本から輸出した方が安い場合もあるはずだ。 アメリカの消費者からずれば、品質が良くて耐久性に優れ、かつ、安価であれ ばそれに越したことはない。消費者の利益からすれば、輸入した方がいいの か、自国で生産した方がいいのか、そう簡単に結論が出るものではない。永年 かかって、日本も自動車の生産に関しては、一日の長がある。アメリカの多く の自動車産業が、トヨタ生産方式に学んだ。 <まだまだ長引く> ・消費者雑貨も多くは東南アジアや中国で生産されている。玩具や雑貨、衣料 品などは東南アジアや中国で生産し、アメリカへコンテナで輸出されている。 10月末のハロウィン、12月末のクリスマスなどの玩具、雑貨はほとんどが海外 で作られて輸入されている。仮にこれに高額の関税がかけられると、価格が急 騰し消費は落ち込む。最終的なディメリットはアメリカの消費者に及ぶ。この 商品の輸入が減ることで、アメリカの国内産業が活性化し、労働者の雇用が守 られるという理屈は、納得感が乏しい。自動車産業も同じではなかろうか。自 国で生産することで、かえって逆に高くつくなら、消費者は求めないはずだ。 アメリカ国内でも、このトランプ関税政策に異論を唱える人も多い。民主党支 持者も、約半分はいるはずだ。 ・内閣の一員だったイーロン・マスク氏が閣外に去り、ののしり合いのぶざま な茶番劇を演じ、新政党を起ち上げるという。トランプ内閣の中でも、一枚岩 ではないだろう。アメリカ国内が分断され、多くの雇用者が解雇され、不法移 民とされる人たちが国外退去を命じられる。海外への支援からは手を引き、 ヨーロッパや東アジアの防衛から徐々に後退する。同盟の他国に費用の負担増 加を強制する。敵は、中国になり、場合によってはロシアとも手を組む。G7に ロシアを引き込み、ウクライナの紛争もどこかで手打ちをして、ロシアの脅威 を除くように仕向ける。余った資金と防衛力を中国へ向けて、覇権争いが一層 激化する可能性が高い。来年ある、中間選挙でどのような評価が下されるか、 世界が注目している。 ・今回のトランプ関税騒動の落としどころは見えない。ただ、時間切れで有無 を言わさず高関税を押し付けてきた。文句があるなら言ってこい。ケンカを売 る、という雰囲気だ。とにかく、アメリカが儲かればいいのだ。貿易は取引だ から、そういう理屈になる。不動産業の出身だから、それでいいのだ。日本 は、このような高圧的な交渉には、めっぽう弱い。大人しく、理詰めで交渉す る相手ならいいが、今回のようにどんどんボールを投げてきて、どんどん言う ことが変わり、理屈ではなかなか合意点では見いだせない。担当大臣も、総理 大臣も、霞が関の官僚も、落としどころが探れない。いわゆる、ロビイストが いないのだ。トランプ内閣に話しが通じる交渉水先案内人がいない。人脈がな いのだ。違うカードを出しても反応しない。 <3年半我慢できるか> ・この関税交渉は長引くだろう。国益を損じるような交渉はしないと、啖呵を 切った石破内閣だが、この参議院選挙の結果如何では、大きな譲歩を強いられ る可能性が出てきた。アメリカも足元を見て、揺さぶりをかけて来ている。選 挙の結果次第では、石破内閣の交代、与野党逆転という結果もあり得る。連合 内閣のような足腰の弱い政権ができたら、さらに交渉には不利になる。寄り合 い所帯の連合政権では、交渉圧力もかけられない。閣内不一致になり、10年以 上前の民主党政権のように効果的な手が打てないまま、なし崩し的に瓦解する 可能性がある。リーダーシップを誰が取るのか。大所高所の判断ができるか。 部分最適になり、全体最適を目指せるのか。課題は山積しているが、はなはだ 心もとない。 ・逆の見方をすれば、何をお土産に出せば相手が納得するか。貿易赤字の解消 だけが目的なら、それに見合う出費を日本が妥協すればいいのか。具体的には 駐留するアメリカ軍の経費負担の増加か。日本より、中国と今後覇権争いが激 化することを考えると、造船や国防でもっと貢献すればいいのか。全世界の船 舶の約半分が中国船籍だから、台湾有事になれば多くの中国船籍の船が運航停 止になり、物資の運搬がパニックになる。日本の造船業のノウハウをアメリカ に提供し、有事に備える協力を確約すればどうか。自動車の輸入規制緩和の交 渉をするより、よほどトランプ氏のご機嫌に叶うのではないか。交渉は駆け引 きだから、あるときは大胆にボールを投げることが要る。石破総理はそこまで の腹を括れる胆力がないか。 ・自社はこのピンチをチャンスに変える秘策はあるか。もし、この厳しい条件 でもビジネスが可能な企業はどれくらいあるか。アメリカへの輸出が減少する と、事業運営そのものが行き詰る企業はどうすればいいか。次回の大統領選挙 まで3年半ある。この間、我慢できるか。25%の関税がかかり、末端価格が上 がってもアメリカの消費者が同じように買ってくれればいい。それくらい値打 ちのある製品を作っているのだと自負があれば、多少の売上が落ちても何とか なるか。もちろん、コストダウンの努力は必要だ。事業規模から考えて、アメ リカ国内で製造するという案は、あり得ない。ならば、この逆風を逆手に取る 戦略はあるか。嘆いていても仕方ない。不都合だが現実は現実だ。まず、受け 止めて、考える。そこから、生きる道を見出す。