**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1110回配信分2025年08月04日発行 誕生するかユニコーン企業 〜支援体制より教育体系を変える〜 **************************************************** <はじめに> ・東京でも京都でも、最近スタートアップ企業の発掘に躍起となっている。大 きなイベントが続けて開催されて、多くの候補企業がプレゼンをして、投資 ファンドなどにPRしている。京都では、京都府、京都市共に力を入れており、 最近なかなか出てこない大きな成長が期待できる企業の出現を待ち望んでい る。明治以降、京都では首都が移ったあと一時期経済が停滞した。これではい けないと、琵琶湖疎水事業を完成させ、その電気で路面電車を走らせ、多くの 企業が生まれた。特に、製造業のさきがけとなった島津製作所はこの時期に誕 生している。理化学器械の製造に始まり、エックス線検査機を開発。その後、 太平洋戦争の勃発に対応して軍部から潜水艦用の蓄電池の開発を依頼され、鉛 蓄電池の開発に成功する。 ・戦争をはさんで、その前後に順不同で言えば、村田製作所、京都セラミック (現在の京セラ)、日本電産(現在のニデック)、ローム、堀場製作所、製造 業ではないが任天堂など、名だたる世界的な企業が輩出した。大阪から空襲を 避けて移転した立石電機(現在のオムロン)、近江商人から京都で起業したワ コールなど、京都を本社に世界に羽ばたいた企業が多くある。どの企業も、初 めは中小企業で、数名、数十名からスタートし、その後開発に執念を燃やし、 新製品を世に送り出し、時流にも乗って大きく成長した。次第に世界を相手に ビジネスをするようになり、多くのナショナルブランドの企業が輩出した。京 都の市場は狭く小さいので、いきなり日本全国を相手にし、その後世界に羽ば たいた。 ・これらの企業が勃興した時期とは、現在は社会環境、経済環境など全く違 う。特に、情報関係の環境がまるで違う。電話はあっただろうが、当然NET環 境などはなかった。しかし、当時の社会的なニーズを的確につかみ、難しい課 題に果敢に挑戦してビジネスの成長を成し遂げた。京セラのセラミックの開 発、オムロンの自動改札機の開発、日本電池(現在のGSユアサ)の鉛蓄電池の 開発、村田製作所の小型セラミックコンデンサーの開発など、多くの努力と発 想のひらめき、不退転の決意などが相まって、困難な開発を成し遂げ、その後 も進化を続けている。一発当てる発明や発見は数多くあるが、それをビジネス に転嫁できるのは確率的には非常に低い。要素技術は開発できたが、用途開発 ができないというパラドックスだ。 <支援体制より人を育てる> ・京都府や京都市に関係なく、全国多くの地方自治体、都道府県でスタート アップ企業の支援、誘致に血眼になっている。意外と、地方の県単位の方が進 んでいるケースが多い。以前、このコラムで紹介した愛媛県やIT先進企業の誘 致に成功している徳島県、東北の山形県などは成功事例として特筆すべきだろ う。しかし、大事なことは支援体制の環境整備ではない。スタートアップ企業 を起ち上げようとする人材そのものの輩出だ。これが日本は非常に弱い。特 に、高校から工業高等専門学校(高専)、大学、大学院などの教育体制の変革 が追い付いていない。いくら支援体制を充実しても、その支援体制を活用して 企業を起ち上げようとする人材が出てこないと、空振りになる。そのための教 育体制がまだまだ整っていない。 ・以前、京都の某大学でアントレプレナー教育の特別講義をさせていただいた ことがあった。文科省の特別カリキュラムで、それぞれの大学で希望者を募り 起業家を育てる教育プログラムだ。夏休みの特定の期間を設定し、連続の数日 の講義で、起業とはからビジネスに立ち上げる、そして企業に育てるまでの過 程を学ぶ。希望者なので、それなりに意識が高く、志しもあるだろう。学生各 自の実家の商売まではわからないが、幼児期から商売に馴染んで周囲の環境が 商売、ビジネスに染まっている人なら、特に意識しなくてもDNAにビジネスの 種は刷り込まれているはずだ。関西なら、滋賀県の近江商人の家に育った家系 の人は、生まれつき商売の才覚がある人が多いと感じている。生まれ育ちの環 境が与える影響は大きい。 ・この授業、講義では、最後のコマで受講生がグループに分かれ、それぞれの グループでひとつの起業アイデアを発表するというコマがある。受講生が学生 なので、どうしても学生目線のビジネスアイデアしか出てこないのは致し方な いか。できれば、それまでに多くの経験をして、海外にも観光ではなく勉強に 長期間滞在する経験をした人なら、また違うニーズをつかんでいるはずだ。特 に、地方から出てきた学生は、自分の生活の周囲が狭く、大学、サークル、ア ルバイトなどの3つのコーナーをぐるぐる回っているだけになる。社会的な実 体験は、まだ極めて少ない。こういう講義、授業を社会人の3年生くらいまで の人にすれば、もっと違う動機づけになると思ったが、残念ながら一定の期間 で終わってしまった。 <教育制度を変えないといけない> ・これ以外にも、いくつかの改革点がある。ひとつは、日本ではいったん所属 する企業から次の企業に転職、転身する際に、非常に大きなハンディを背負わ ないといけない仕組みがある。一度、転職を経験された方ならわかると思う が、次の組織に属するまでの期間無職になると、その間いろいろな費用を払わ ないといけない。その基準がほとんど前年度の収入に準拠している。国民健 保、住民税など、多くの費用がその人の前年度の収入を基準に設定される。仮 に、それなりの報酬をもらっていた人が、いったん退職して、次のスタート アップ企業に転職する場合、一定の期間が空くとそれなりに多額の費用負担が 発生する。前職での退職金は若い時代は、そんなに多くないはずだ。失業保険 も、そう多くない。再就職するまでに相応の持ち出しになる。 ・多くの転職経験があることを、あまり歓迎しない風潮もある。数か月で辞め たりすることを繰り返すのは論外にしても、数年単位でいろいろな業界を経験 することは悪くない。最低3年から5年くらい経験すれば、多くのことを学べ るはずだ。アルバイトでも同じだろう。あるいは、同じ企業でも持ち場、業務 が大きく変われば転職と変わらないくらいのスキルとキャリアが身に着く。ど ちらかと言えば、社会や世の中と接する業務を経験すると、今までにない視野 が拡がる。ビジネスのヒントはほとんどが現場に落ちていることが多いが、こ れは経験するしかない。実際に自分で経験し、そこから矛盾を感じ、それを社 会課題として自身の問題に置き換える。そこから新しいヒントが生まれるはず だ。経験から学ぶことは多い。 ・海外での実体験も有効だろう。それも観光ではなく、ワーキングホリディで もなく、実際に現地に身を置いて現地の人と暮らし、現地の人と働く経験をす ることだ。居候の立場では、何も感じないし、分からない。青年海外協力隊で もいい。貧しい国の社会課題を解決するなら、現地の生活を一通り体験するこ とだ。最低1年間、できれば3年間くらい現地で暮らし、働き、生活してみる とわかるだろう。業界は異なるが、最近日本のサッカーのレベルが格段に上 がったのも、Jリーグが発足して30年、多くの選手が日本から海外のチームに 渡ったことが全体のレベルを押し上げた。野球もしかり、バレーボール、ラグ ビーもそうだろう。最近ではバスケットもそうなりつつある。必ず、この経験 は生きてくる。 <カネは出しても口は出さない> ・支援体制を整える、イベントを開催するだけでは、スタートアップ企業は育 たないし、ユニコーン企業は出てこない。食物を育てるなら、まずは「土」つ くりから始まるはずだ。支援体制を整えるのは、十分条件には該当するが必要 条件にはならない。起業を志す、しかも、単なるカネ儲けではなく、みんなが 困っている社会課題の解決に想いと志しを立てる人材を多く輩出するシステム を作らないといけない。そういう意味では、日本の教育はまだまだ受験勉強に 偏重している。最近の学力テストの結果でも、記述式の問題の正答率が非常に 低いという。特に、昨今、AIの普及が凄まじく、自分で考えなくてもAIがやっ てくれる。地図を見て経路を考えるなどという行為は、カーナビの出現でほと んどやらなくなった。脳の活性化が進まない。 ・明治維新以降、6・3・3・4学年制度の教育体制も、再検討する時期に来 ているだろう。教員も、大学で学び、教育実習を経て、教員資格試験に合格 し、国公立の場合は都道府県の採用試験に合格する。最近、ようやく民間人が 教壇に立つ機会が与えられるようになったが、それでも結構ハードルは高い。 一部の学校では、「飛び級」と学年をすっ飛ばす仕組みがあるが、まだまだ普 及していない。将棋や大相撲、野球などではスーパースターの登場で市場がど んどん活性化している。優秀で強ければ、ランクがどんどん上がっていく。逆 に、負けが続けば陥落する。結果がすべてだが、結果を出すための努力は人一 倍しているはずだ。そうでなければ、結果が出るはずがない。幸運は準備のあ る人にしかやってこない。 ・アメリカは他民族国家で、移民の国だ。合衆国で州ごとに法律やルールが違 う。大リーグの選手も、中米、南米、アジアなど、多く海外からの選手が活躍 する。出自など関係ない。結果を残した人がすごいのだ。メジャーに昇格すれ ば飛行機での移動、マイナーに落ちれば深夜バス。それが当然であり、努力し て昇格を目指す。ある意味、露骨で割り切った方式だが、分かりやすい。価値 観の違いなので、日本ではこのような文化が馴染まない。おカネを出すと、口 も出す。政府が出資すれば、経営に口をはさむ。優秀な官僚が企業を経営でき るとは限らない。おカネは出すが口は出さないと、封印するほうがいい。経営 のできる、できると思われる人に任すべきだ。そうでないと、ユニコーンは出 てこない。公的な支援も、本来やりすぎはいけない。