**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1112回配信分2025年08月18日発行 今年度最低賃金高額のアップを答申 〜このまま2020年代末に1500円できるか〜 **************************************************** <はじめに> ・最近、中央最低賃金審議会が最低賃金の63円〜64円アップを答申し、各都道 府県の調整を経て、おそらくこの通り10月以降の賃金に順次反映されることに なるはずだ。昨年度も、相当の賃金アップが答申され、今回のアップがこの答 申のまま実施されると、全国どの都道府県でも最低賃金は1000円以上となる。 政府は2020年代に最低賃金を1500円にまでもっていくという方針を掲げてい る。ご存じのように、この水準に引き上げるには、毎年7%以上の賃上げ率が 必要だが、今回の答申は6%なので、これでも間に合わない。果たして、この まま最低賃金の上昇が続くのか。このペースで最低賃金のアップの答申が続く のか。中小企業は、この賃金の水準を維持できるのか。かなり疑問がある。 ・このまま、仮に最低賃金のアップを続けるとなると、当然ついていけない企 業が出てくるはずだ。業績が順調で、比較的規模も大きく、そもそもの水準が 高い企業は維持できるだろう。しかし、従業員が20名未満で売上も5億円以 下、利益もあまり出ないで、借入金も売上と同じくらいあるような、中小零細 企業でこの水準の賃金アップは正直難しい。周囲の企業でも、頑張って3%く らいの賃上げか。3%といっても、これに連動して社会保険料、賞与、退職 金、時間外手当の単価など、多くの付帯するコストが上がる。これらをすべて 吸収する必要がある。7%の賃金アップは、おおよそ10%弱の全体アップにつ ながる。正直、これをきちんと達成できる中小零細企業がどれくらいあるか。 ・業種によって多少異なるが、この高水準の賃上げを実施するのに、付加価値 を上げようと思うと、売値を上げるか、仕入れなどの変動費を下げるしかな い。売値は得意先への納品価格だから、これは相当難しい。価格交渉を延々と しないといけない。仕入れは材料費がほとんどだが、円安の影響もまだ大きく 仕入値段を下げるのも至難の業だ。逆に上がっている。粗悪品の原材料を使う のは避けたい。外注費も外部に払う人件費のようなものだから、これも最低賃 金のしわ寄せは来ている。四面楚歌で、付加価値をアップできる材料は乏し い。結局、最低賃金を上げていくには、現状では自身の報酬を削るか、不足分 を借入れで補うしかない。しかし、このやり方には限界がある。現状、資金収 支は赤字になっている。 <賃上げと同時に従業員の削減が進む> ・最低賃金を上げようとすると、現状の人数ではコストアップになるので、5 人で担当していた作業を4人でやることを考えないといけない。そのために は、機械化、IT化やDX化など作業効率を上げる投資が必要だ。しかし、資金収 支が厳しい中小零細企業ではその投資資金の余裕がない。政府の補助金という 方法もあるが、2分の1か高くても3分の2の補助で、一定の自己資金の投入 も必要だ。また、補助金は年度末で事業が終わり完了した報告をして承認を受 けてから精算される。従って、相当の期間いったん自己資金で賄わないといけ ない。まず、全額一時期自社で立て替える必要がある。それと人件費削減投資 の回収には5年くらいかかる。長期の回収になるので、これも苦しい。 ・中小零細企業では、最低賃金を上げるとなると職場で雇用を減らすことを考 えざるを得ない。となると残る人はいいが、辞めてもらう人も出てくる。人件 費総額を抑制するとなると、雇用者数を減らすことにつながる。雇用を守るこ とは経営者の第一義の使命だが、経営の継続を図るには断腸の思いで退職者の 募集をすることにもなる。若い将来のある社員が残って欲しいのだが、場合に よっては目をかけていた若手の有望社員が依願退職を申し出るかもしれない。 残った椅子を奪い合う椅子取りゲームにならないように努めるのは当然だが、 理屈通りに経営はいかない。気が付けば、最低賃金を上げると同時に社員の数 が減って行く。少数で精鋭になるという見方もあるが、果たしてそれでいいの か。 ・業務の合理化ができて、人員の削減が可能なら、それはそれでいいが、何も しないで一人単純に削減するのは労働強化につながりかねない。作業手順の見 直しをして、ムダな作業を省いたり、2つの作業を同時にしたり、レイアウト を変更してムダな動きを減らしたり、それなりの工夫があれば、まだ納得もで きる。しかし、全く従来のままで5人の作業を4人でやるということは、定常 的に残業を強いることになる。残業代もきちんと払うならまだいいが、20時間 以上はカットし払わないという乱暴な事業所も過去にはあった。これらは、最 低賃金のアップ分の吸収の方法が間違っている。しかし、それを面と向かって 経営者に諫言する従業員は少ない。中小企業の経営者は、ワンマンであり王様 なのだ。文句を言うには勇気が要る。 <サービス業の生産性が低いという指摘> ・好ましいことではないが、最低賃金をクリアーすることが難しい企業でどの ようなことが起こるだろうか。まず、社員という身分での労働環境を回避する ことを考えるだろう。具体的には職場で派遣社員や業務委託の労働力を活用し ようとするのではないか。あるいはシルバー人材センターのような外部委託を 考えるか。以前在籍していた企業では、一部の仕事を業務委託でカバーしてい た。業務委託なので、担当する人の身分は社員ではないので社会保険もない。 委託した業務に対し事前に決めた報酬を支払う。ほとんどが個人事業主である ので、受取でいくらかと決めればいい。営業なら、売上に対するコミッション 的な出来高払いになる。これなら最低賃金の縛りはない。変動費であり、固定 費ではない。 ・最低賃金は法律で遵守することが義務付けられている。一部障碍者の賃金な どに適用されない例外はあるが、最低賃金法という法律があり、事業者はこれ を守る義務がある。世界的には、諸外国ではいろいろだ。アメリカは各州と連 邦政府では法律が異なる場合がある。為替レートや物価水準の違いがあり、一 概に単純比較は難しいが、オーストラリアやニュージーランドでは日本の最低 賃金の倍以上の水準だ。豪州に行けば稼げるという評判は、ある面正しい。東 南アジアでは日本の最低賃金以下の国も多い。守らねばいけない最低賃金の水 準を決めるやり方も、ぼちぼち見直す必要があるだろう。経営者側と労働者 側、中立の第三者との協議で決めるやり方には限界がある。特に、今回は政府 からの強力な干渉があった。 ・最低賃金がこのように政府の介入があり、毎年どんどん上がっていくなら、 自社のビジネスモデルが将来果たして成り立つのか、心配になってくる。スー パーのレジで仕事をしている女性はパート社員の方が多い。午前中だけ、午後 の一定時間だけ、夕方から夜の時間帯だけと、その人の都合に応じて働いた時 間でチャージする。この単価がどんどん毎年上がれば、売上を増やして利益を 増やすか、仕入単価を下げるか、固定費を減らすしかない。どれもが難しいか ら、大手は無人レジ、無人店舗などを増やしてコストアップを吸収する。で は、中小零細企業はどうすればいいか。この最低賃金アップに対応できない中 小企業は市場から退出するしかない。大手に吸収されるか、自主的に廃業する か。 <マンパワーに依存するビジネスモデルの変革ができるか> ・2020年代に最低賃金を1500円にするという政府方針は、突き詰めていえばこ れに対応できない企業は市場から締め出されるということか。今から5年間で 平均7%近い率の賃上げは、いかなこと難しい。何とか頑張って3%くらいの 給料アップは努力すればできないこともないだろうが、その倍以上となると非 常に厳しい。政府の方針だから、何らかの縛りと特典はアメとムチで提供する だろう。具体的には、賃上げの実績に応じて法人税をまけてくれるという制度 を常態化するだろう。しかし、黒字で法人税を納めている中小企業は全体の3 割に過ぎない。残り7割は赤字、もしくは赤字にしているので、この特典は大 して意味を持たない。つまるところ、人員の削減で切り抜けようとするだろ う。 ・サービス業の生産性が低いという指摘もある。最近スーパーや小売店でのセ ルフレジが大変な勢いで増えている。お客がカゴの中の商品に付いているバー コードをスキャンしたら、そのまま金額が入力され、レジ係の人が作業する必 要がない。あるいは、カゴに商品を入れてそのままレジテーブルに置いたら、 即座に金額を表示する精算方式が増えてきた。支払いもキャッシュレスで現金 の授受もない。飲食店では、配膳するロボットが目立つ。注文もテーブルのタ ブレット端末からする形の店が増えてきた。極力人間が介在する作業を減らそ うとする意図が明確だ。味気ないといえばその通りだが、今後は最低賃金の アップと労働人口の減少で、これらの機械化、ロボット化、無人化が一層進む だろう。 ・このまま時給1500円時代に単純に進むのだろうか。いや、どこかで変曲点が あるだろう。政治体制も影響を及ぼすに違いない。賃上げに異議をはさむ気は ないが、このまま毎年6〜7%の賃上げを続けられる中小零細企業がどれくら いあるか。人手不足と同時に起こる高騰する人件費に対し、何もしないなら多 くの中小零細企業が業績の悪化で、廃業か倒産の事態に直面するのではなかろ うか。業績がいくら好調な中小企業でも、この高水準の賃上げを毎年続けるの は厳しい。特に月例の給与や賃金は、従業員の生活そのものを支えている。一 度上げた水準を簡単に下げるわけにはいかない。人的なマンパワーに依存して いた中小企業は、ビジネスモデルの変革を余儀なくされるはずだ。今から準備 しても、遅いかもしれないが。