**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1115回配信分2025年09月08日発行 中小企業経営失敗の研究:その1 〜永年の企業文化を変える難しさ〜 **************************************************** <はじめに> ・永年続いた企業や組織の文化を変えるのは難しい。特に、その企業に長い歴 史がある場合や、カリスマ的な創業者が采配をふるっていた企業では、かなり 深く独特の企業文化が染みついている。いい面もあるが、時代にそぐわない面 もあるだろう。次の世代や別の企業が運営を任されると、まずぶつかる課題が この企業文化をどう変えるかだ。後継者が悩むところもこの部分だし、M&Aで 事業を引き受けた企業が直面する大きな課題だ。何を変えないで、何を変える か。変えるにしても、すぐに変えるか、少し時間をかけて徐々に変えるか。ど う変えるか。所詮、事業は人なりだから、実際にその企業や事業を担当する人 の気持ちや考え方が変わらないといけない。実は、これが一番難しい。株価の 計算などより、ここが一番の肝だ。 ・後継者が会社を引き継いで、最初に直面するのがこの課題だ。お父さんの前 社長は会長に収まり、一定のパワーを持ったままでいたって元気だ。肩書や名 称は変わったが、実質的に会社をコントロールしているのは、まだ前社長であ る現会長だ。おカネのことや人事のこと、給料や賞与の決定も、実は社長がし ているようで、最終的にはまだ会長の意向が強く反映されている。従業員もそ のことはよくわかっている。承継したとはいえ、まだ当分会長の院政は続くだ ろう。最終的には、株式をほぼ全部譲渡して、取締役も退任し、退職金も受け 取って、ほぼ会社には滅多に出てこない。たまに、大事な会議の時や大きなイ ベントの時だけ顔を見せる。このような状態になると、ほぼ後継社長が実質を マネジメントしていることになる。それには、まだ少し時間がかかる。 ・こうなるまでに、どれくらいかかるか。10年かかった企業もあれば、バトン タッチして1年くらいの間に完全に譲り渡し、ほとんど社業に関与していない 前社長もいらっしゃる。10年かかった企業では、65歳で社長から会長になり、 70歳で取締役を退任し相談役になり、75歳で完全に引退した。その間、親子で 多くの確執があったようだが、長男の現社長はそれに関してはあまり多くを語 らない。語らないということは、逆に想像するに多くの問題があり、解決に時 間がかかったのだろう。社長と会長という権力構造と、父と息子という親子関 係が錯綜して、非常に複雑に絡まった糸を解きほぐさないといけない。大番頭 のような古いベテランがいて、会長に平気で諫言できればいいが、そんな貴重 な人材が残っている企業はほとんどない。 <変えるには根気と覚悟が要る> ・1年で完全に後継者の長男社長に引き渡したケースでは、前社長は友人たち と3人で全く社業と関係ない新しい会社を起ち上げ、別の事業を行っている。 事務所は、別の貸しビルに小さな場所を借り、事務員の女性を一人貼り付けた だけで、元の会社とは一切関わらない。重要な会議は、事後に社長から報告を 聞くだけで参加しない。ただし、会議の資料は全部事前、事後に送ってもらっ ている。社長からの報告の際に辛辣な質問をいくつかするだけで、方針などに は一切口を挟まない。質問に対する返答の中身で、社長の成長度を診断してい ると言われたのが非常に印象的だった。業績が飛び切りいいわけではないが、 これほどまで任せたという態度を取れることが素晴らしい。新しい企業文化 が、徐々に新社長で固まりつつある。 ・以前事業承継の公的な仕事をしているときに、新社長に申し上げていたこと は、自分が代表者になってから面接、採用した社員が全体の半数を超えたら、 自分の時代がやってきたと思えばいいと。そこから新しい文化が芽生え、新し い企業に徐々に脱皮できると。そこに至るまでにどれくらいかかるか。企業規 模の大きいところでは、結構大変だろうが新卒定期採用をしているなら、比較 的早いかもしれない。中途採用ばかりでカバーしている企業では、少し時間が かかるだろう。採用しても簡単に退職するような企業では、なかなか半数に届 くのに時間がかかる。その間に、過去を冷静に見つめなおし、早めに変えるも の、絶対に変えないもの、変えるのだがすぐに変えられないもの、などを仕分 けしておかないといけない。 ・社内の空気、目に見えない文化、雰囲気や風土などは、数字で測れないし、 数字で示せない。目標にする水準も、現状の状態も数字で表すことが難しい。 しかし、前社長の時代から綿々と続いている習慣、しきたり、仕事のやり方な どは、変えようと思えば、変えられる。まずは、どうしてそれが現在課題なの か、問題なのかを、きちんと説明することが大事だ。おそらく、ベテランの社 員からは反発も出るだろう。先代はそれを是としてくれた、というクレームは 必ず出てくるはずだ。いくら説明しても、説得しても、理解、納得してくれな いかもしれない。しかし、ここで引き下がってはいけない。誠心誠意、一生懸 命、これでもか、これでもか、というくらい同じことを繰り返し、繰り返し説 き続ける。相手も、次第にこれは新社長が本気だと感じ方が変わる。 <文化の違いで破綻した事例も> ・まだ、父親から承継した自分の会社を変えることは、そう難しいことではな い。所詮、社員も身内のようなものだ。これが、他の企業を譲受、あるいは買 収した後の組織の融合となると、大変やっかいだ。成岡の周囲には結構そのよ うな事例が多くある。特に、事業所の場所が相当離れているケース、業歴が圧 倒的に違うケースなどが難しい。株式を別の企業に有償で譲渡し、新しい親会 社の子会社になった場合は基本的に別会社なので、就業規則、職務規範などは 別だから、運営も違うやり方で構わない。しばらくは子会社で別会社として運 営し、その期間に人的な交流を行い、経営者同士が気心を通じ合い、時間をか けて組織の融合を行う。うまく行けば、その後子会社を吸収合併すれば、まだ 緩和されるはずだ。 ・しかし、現実はこう簡単にはいかない。まず、距離が離れていると、何かに つけてコミュニケーションはとりにくい。オンラインという便利な方法もある が、やはり気心が通じ合うというのは、フェースツーフェースの会話でないと 難しい。同じ屋根の下で生活し、人間の日常なら台所も、お風呂も、トイレも 共用で暮らすと、その人の人となり、習慣、育ち、考え方などは手に取るよう にわかる。同じ事務所、同じ敷地、同じ事業所の中で生活すると、途端に距離 が近くなり、親密度が増す。しかし、事業所の距離が離れていると、一緒に暮 らすのが難しい。従業員の通勤の問題、機材を移転し収納する場所、住所地や 法人名の変更に伴う諸問題が一気に生じる。これらを簡単に解決しようとする と、多くの軋轢を生むことになりかねない。 ・成岡の経験知では、一緒に暮らしたら暮らしたで、多くの問題が出たことも あった。始業前の朝礼のやり方、朝のミーティングの方法、昼休みの過ごし 方、仕事終わりの片づけ、清掃などに関しても、多くの違いがありそのギャッ プを埋めるのに多大の労力がかかった。数名の退職者も出て、この吸収合併は 果たして良かったのかと考えさせられる事態まで追い込まれた。もちろん、飲 み会も、会議も、いろいろとトライしたが、最後まで一心同体にはならなかっ た。遡って考えれば、このケースでは、譲り渡しをした方の業歴が長く、代表 者も年配で温厚な性格だった。それとは逆に、譲り受けた側の業歴は浅く、代 表者もまだ40歳代の前半で非常にアグレッシブ。性格も積極的で、どんどん前 に走るタイプだった。軋轢は半端ではなかった。数年経って、最終的にはこの 案件は破綻した。 <おカネより人の気持ちが大事> ・上記のケースは、まだ相互の事業所の場所が近かったので、何かと好都合な こともあった。通勤時間もほとんど変わらなかった。しかし、現在検討中の案 件は、事業所の距離が遠く離れている。車で高速を利用しても1時間ほどはか かる。製造業同士なので、合体するにしても場所が要る。そこまでの遊休ス ペースはないので、別々の場所で運営するしかない。仮に、一緒になっても従 業員が通えるかどうか、わからない。10名弱の従業員だから、簡単に辞められ ても困る。もう子会社になって5年になるが、なかなか良好な意思疎通が図れ ない。規模は確かに親会社の方が数倍大きいが、業歴は全く逆。従業員も退任 した前代表者と一緒に永年やってきた人たちなので、そう簡単に企業文化が変 わらない。しかも場所が離れている。 ・もちろん、親会社の代表者は足しげく子会社に行っている。最近では週のう ち数日は朝一番で子会社に出向き、朝礼やミーティングにも参加している。四 半期ごとに全体会議を行い、業績の説明や課題、問題点の分析などを発表し、 改善への努力を促しているが、なかなか現在の従業員が反応しない。今までの やり方で何が悪いのかと、目が訴えている。今までの経営者は、それでいいと 現場の裁量を大幅に認めてきた。作業のやり方、材料の発注、外注者の使い方 など、重要なところはほとんど現場任せだった。見積もりなどの金額の情報 も、ほとんど現場に伝わっていない。まして、会社の経営数字の開示などは全 くなかった。そこに、突然親会社から、多くの宿題が降ってきて、課題が突き 付けられた。戸惑いと、ブーイングの嵐になった。 ・まだ一体化の途上なので、今後の見通しは不透明だが、10名弱の従業員はほ とんどそのままだ。最近1名の新しい現場社員を採用したが、あまりに作業方 法が違いすぎ、この新しい社員は現場の人からスポイルされ、数か月で退職す る羽目になってしまった。この人を企業文化改編の起爆剤にしようという目論 見は、もろくも崩れ去った。また、最初から出直しだ。ことほど左様に、企業 文化を変えるのはエネルギーが要る。大企業同士でも、中堅企業でも、中小零 細企業でも、これらは同じだ。一緒になって最初の数年間が大事だ。ここで、 どのような手を打つか。悩んでいることは同じだ。M&Aでは、買収後の企業同 士の融和、組織の一体化などが大きな課題だ。決して、株価の安い高い、手続 きの問題だけではない。