**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1116回配信分2025年09月15日発行 中小企業経営失敗の研究:その2 〜設備投資の判断を間違わない〜 **************************************************** <はじめに> ・企業経営での難しさはいろいろとあるが、ひとつは未来に向けた大きな投資 の決断だろう。企業は経営が順調に進み、成長をしていくには未来に対するい ろいろな投資が欠かせない。投資にはリスクが伴う。未来は誰にも分からな い。予測不可能な事態も起こる。しかし、分からないから何もせずにじっとし ているわけにはいけない。社会は、環境は、どんどんお構いなしに変わってい く。特に、最近はNET社会の浸透で変化の速度が激しい。以前に良かれと思っ ていたことが、一気に陳腐化してお荷物になる。あるいは、捨てていた資産 が、時代の変化と共に日の目を見ることもある。何が正しくて、何が間違って いるか、正解がない。ブルーオーシャン市場がいきなり血みどろになり、ニッ チな市場が突然脚光を浴びる。 ・投資にはいくつかの分類ができると思うが、今回は設備投資を取り上げる。 これ以外にも、人的な投資や設備の更新などの投資があるが、今回は新規設備 の投資に限る。新規だから、今までにはない機能を持った設備ということにな る。ここで、有形の資産になるのは、ほとんどが固定資産で、土地、建物、車 両、機械設備などだ。ソフトなどは無形固定資産という。形が見えないので、 無形なのだ。有形とは、読んで字のごとく、形がある資産になる。通常は、こ の形のある資産に新規投資をするというのは、将来において投資に見合った利 益が期待できるということだ。たまに、利益が見込めない投資というのもある かもしれないが、それは通常は投資対象にはならない場合が多い。戦略的に、 その資産を持つことで意味があるという場合だ。 ・よくあるのは、本社ビルの建て替え。老朽化したビルを解体し、しばらくは どこかに引っ越して、旧社屋を解体し、更地にし、そこに新しいビルを建て る。完成後に引っ越して新社屋で業務を再開する。おおよそ建物は50年から60 年くらいが耐用年数だから、その間はその社屋で業務を営むことが前提だ。こ ういうビジネスは、直接顧客である消費者に対するイメージアップの要素が強 い。顧客が購入してくれる消費財は、多くは店舗やNETで販売されているが、 消費者は消費財に対するイメージで購入することが多い。なので、メディアで の露出や広告宣伝などに多額の費用を使う。本社ビルの建て替えも同じ趣旨 だ。しかし、世間ではこの投資を間違うことがある。企業が生産、製造してい るものが、BtoBモデルで一般消費者に訴求することが少ない場合だ。いくら本 社ビルがきれいでも、顧客には関係ない。 <見栄を張った投資は失敗> ・顧客である消費者が直接会社に足を運んで、商品を購入し、展示された商品 を目で見る場合は、本社建物はきれいで、清潔で、アクセスが便利な場所であ る必要がある。商品に対するイメージが重要な要素になる。しかし、納入業者 や関係者、外注事業者しか来社がない事業の場合、本社ビルが美しいことは必 要十分条件ではない。むしろ、交通が至便だとか、郊外でも駐車場が広いと か、納品場所に余裕があるとか、そのような事業者間での利便性を重視するこ とが大事だ。しかし、得てしてこの判断を間違うことが多い。カリスマ経営者 や創業オーナーの、鶴の一声で決まってしまう。役員会や幹部の進言、諫言な どは届かない。決めたらもうそれで終わり。むしろ、親しい友人経営者のアド バイスなどの方が効く場合が多い。 ・本社ビルを新築したり、新しい建物を買って、その投資が何年で回収できる かと言えば、まず回収はあり得ない。目に見えない価値、世間の評判、採用で のメリットなどは勘定できるが数値では表せない。資産価値があり、担保物件 として利用できると言えばそれまでだが、それでもこの投資に要したキャッ シュは消えている。まして、借入しての新築、購入などは論外に近い。全額自 己資金で賄えるならまだしも、相当額を高い金利で借り入れして購入するとい うのは、暴挙に近い。しかし、世間ではこのような「見栄」を重んじる収益度 外視の投資が結構日常的に行われている。中小企業の採用環境が難しいことは よくわかるが、それだけのために貴重な内部留保資金を動かせない固定資産に 投資するのはいただけない。 ・機械装置は製品を生産できて、それが売上や収益に結びつく可能性がある。 しかし、本社ビルが新しくなっても、それが売上や利益を生むかといえば、そ うではない。わずかに、今まで賃貸で借りていた家賃が減るくらいか。むし ろ、賃貸なら移転もできる。便利な場所に引っ越すことも可能だ。高い物件を 買ってしまったがために、身動きが取れなくなり、自由度が低下し、環境の変 化に対応できなくなってしまう。トラック1台買うのとはわけが違う。 実は成岡が在籍していた出版社が破綻した大きな原因のひとつが、この本社新 築ビルの購入だった。メインバンクのおだてに乗って、いとも簡単に購入を決 めてしまった。バブル景気の絶頂期で、15億円の購入資金は全額私募債。実際 は借金だ。この投資物件は、数年後に手放すことになる。 <投資の利益を多額に見積もらない> ・製造業の機械設備の投資は、まだ収益を生む可能性がある。しかし、確実に 投資が回収できるかといえば、これはこれで不透明な要素もある。あくまでも 投資回収予測は、未来の話しだ。需要が、受注が確実にあると断定できる根拠 は希薄だ。それも、今から数年先の話しだ。果たして、コンスタントにその投 資した機械の稼働が約束されているだろうか。そう考えると、何も投資ができ ない。未来は不透明だといえば、その通り。何が起こるか分からない。想定外 の事態もあるかもしれない。しかし、3年後、5年後、10年後に向けて、企業 はどのような事業を営んでいくかを判断するのは経営陣だ。あるいは、代表者 自身だ。その方針が明確でないといけない。その方針に添った投資であれば、 うなずける。ただし、金額にも依るが。 ・投資の回収については、一般的にはその投資により、将来どれくらいの キャッシュを生むかで判断することが普通だ。投資収益法といって、簡単にや るなら投資した金額が何年で回収されるかだ。その際には、設備機械や建物な ら耐用年数という期間があり、その年数で投資金額を割る。それが減価償却費 となり、投資は一時的だが耐用年数にわたって平均しておカネを使ったと仮定 する。その償却費に、毎年生み出すであろう利益を合算して、投資金額を割り 算する。この年数がおおよそ5年なのか、7年なのか、10年なのか。短いなら OK、長いならダメ、というものでもない。一般に、建物などは耐用年数が長 く、車両では7年、パソコンなどのIT機器は5年が相場だ。その間で、投資し た金額が回収できるか。 ・よくある間違いは、投資で生み出すであろう収益=利益を多額に見積もるこ とだ。あくまでも予測なので、いかようにでも計算はできる。その投資を是が 非でもやりたいなら、大きな利益を生み出すと仮定すれば簡単だ。実は、どう もそのような傾向に陥ることが多い。損をすることを前提での投資は、ほとん どの場合ないので、担当者や代表者は生み出す利益を大きく見積もることが多 い。大きくすれば、回収期間は短くなり、説得力が増す。金融機関も、これで 騙されることが多い。嘘ではない、予測、計画だから、その予測の実現可能性 をどれくらいと見るか、絶対的なものはない。まして、今の時代予測不可能な 事象が多い。パンデミック、大震災、天候異変、人口減少など、不確定な要素 が多すぎるのだ。 <その投資が基本方針に合っているか> ・次によくある間違いは、投資の金額を少なく見積もることだ。長い期間にお いて投資をするとなると、その間で費用が高騰する。出来合いの機械をその場 で買うなら、特に懸念はないが、建物を建てる場合や、今から構想を練って設 備をオプションで製造するとなると、果たして今の見積もり通りで金額が収ま るだろうか。今、物価高、人件費の高騰、為替の変動などの要素を加味する と、数年がかりの投資は非常にリスクが高い。最近では首都圏の高層ビルの再 開発計画が、資材や人件費の高騰予測ができないので、保留になった。当然だ ろう。そういう意味では、少し話題が逸れるが、北陸新幹線の敦賀延伸計画な どの見積もりは論外だ。そもそも、20年以上かかる超長期の投資計画などの計 算根拠は極めて疑わしい。 ・本当の収益期間の予測は、実はもっと複雑だ。投資するのは、いま。収益を 生み出すのは将来。当然、そこには時間差がある。投資は、今すぐだし、回収 は遠い将来にまたがる。この時間軸を加味して、将来生み出すキャッシュは現 在の価値に換算する時に目減りすると仮定して計算する。一般に大企業などで よく使われるDCF(ディスカウントキャッシュフロー)という頭文字をとった 考え方だ。目減りする率を10%くらいと見積もるのが普通で、仮に10%を採用 すると回収に単純に10年かかるという投資は、実は5年くらいで回収できない といけないという理屈になる。その投資で10年後に生み出すであろうキャッ シュは、現在の価値に換算すると半分くらいと計算するのが妥当だとなる。結 構厳しい。 ・このように、投資を未来に生み出す収益で計算すると、かなりの投資は消極 的な結論になるだろう。しかし、それでは企業の成長はない。必要なのは、未 来に向けた自社の基本方針だ。投資案件がその方針に添っていれば、前向きに 考えればいいだろう。逆の場合は、再考に値する。前述の本社ビルの新築工事 は、果たして企業の基本方針、経営理念に合致しているか。消費者志向、市場 志向と言いながら、実は自身の見栄で投資を決めていないか。仮に収益をあま り生まない投資なら、それはなぜその投資をするのか。謙虚に原点に立ち返 り、反芻し、私心がないことを確認し、自分自身が自信を持てる結論でないと いけない。もし、それが持てないなら、赤字になったときの撤退基準を決めて おく。いったん投資したおカネは、サンクコストで戻ってはこないから。