**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1119回配信分2025年10月06日発行 中小企業経営失敗の研究:その5 〜事業計画が作って終わりになる〜 **************************************************** <はじめに> ・前号で事業計画を考えることの重要さ、大事さを解説した。中小零細企業で はほとんどそれらしい事業計画がない場合も多いが、従業員が10名、20名とな ると、そうはいかない。前号でも書いたように、船の羅針盤だ。船がどこの港 に行くのかを明らかにすることは大事だ。ただ、事業計画を外部から強制され て作るとなると、これは少し変わってくる。強制とは外部から圧力がかかって 作る場合だ。一番多いのは、金融機関からの要請。融資の返済が滞り、減額返 済などを要請する場合だ。あるいは、ゼロゼロ融資の返済が難しくなり、一定 期間の返済完全停止、つまり返済ゼロをお願いする場合だ。このような返済条 件変更を要請した途端に、借りている企業は窮地に立たされ債務者になり、金 融機関は債権者となる。 ・外部からの強制的な圧力で作成する事業計画は、そもそも事業計画とは言い 難い。キャッシュフローを中心とした資金収支が中心の内容になる。自社がど こに行こうとしているのか、という方針などはさておいて、ひたすらおカネの 出入りを中心にした内容にならざるを得ない。いつになったら借入金の返済が まともにできるのか。その一点にフォーカスした内容になる。現状、とにかく 困窮した状態だから明るい未来を展望するという内容にはならない。売上は現 状維持で、材料費、外注費である変動費を抑制し、経費をとことん切り詰め る。役員報酬を可能な限り減額する。その他ムダと思われる経費を徹底的に節 約する。それでも返済が難しいとなると、これはかなり大変なことだ。事業計 画というより、返済計画になる。 ・事業再生を目的とした事業計画は、本当の事業計画とは言い難い。大きな痛 みを伴う計画になるので、場合によっては人員削減もあり得る。日産自動車の 再生計画などは、まさにこの類だ。過去のウミを完全に取り去るには、おそら く数倍の痛みに耐えないといけない。人間の身体で言えば、怠惰な生活をむさ ぼったツケが来て肥満になり、慢性疾患、成人病だらけになった。減量と禁欲 的な生活、リハビリを続けることを余儀なくされた。これを続けるのは並大抵 の努力ではできない。相当厳しい自己管理ができる人でないと難しい。数か月 は続けられても、数年、5年、10年続けるとなるとどれだけの企業がこの艱難 辛苦に耐えられるか。事業を続ける目的が、借入金の返済という負の遺産の処 理になる。明るい未来が描けない。 <計画実施の工程表を作る> ・我々が目指すのは、少しでも明るい希望の持てる未来をどう描くのかを考え たうえでの事業計画だ。決して債権者である金融機関の返済だけを目的にした 事業計画ではない。まず、前号でも書いたが未来のビジョンを明らかにする。 そのビジョンに向かってできることを具体的に書いたものが事業計画だ。その 結果として、売上、原価、経費、損益がどうなるのか。これが利益計画にな る。これに連動して、資産と負債、純資産(自己資本)がどうなるかを計算し たものが貸借対照表だ。この2つに関係する資金収支を表したものがキャッ シュフロー計算書になる。とかく、外部の利害関係者はこの数字の資料を重視 するが、中小企業はこの数字より、何をするのか、何を目指すのか、それはな ぜか、最後のゴールはどこか、などが最も大事だ。 ・特に、規模が小さいサイズの中小企業では、売上を伸ばすことだけが事業計 画ではない。むしろ、存在価値、社会的な価値をいかに高めるか、磨くか。こ こに注力した事業計画でなければいけない。そのための大事なものは、決めた ゴールに向かう「工程表」だ。いつまでに、誰が、何を、どうやって、という 「工程表」が重要だ。この「いつまでに」が期限。時間的な観念を入れておか ないと、いつまで経っても何も変わらないし、できない。すぐなのか、一定の 期間をみるのか、かなり後なのか。この時間的なファクターによって、緊急度 や重要度が変わる。いますぐなら、すぐに着手しないと間に合わない。一定の 期間が見込めるなら、少し準備に時間をかけてもいい。着手する内容の、順番 も大事だ。これが済まないと次ができないというものもある。 ・中小企業の作成された事業計画を見ると、この工程表がほとんどない。ま た、仮にあったとしても、ほとんどは実際に行う当事者が代表者になる。そう いう事業計画は、まず実現不可能だ。小職のよく言うアイロニーに、「明日に でもロケットが月面に着陸する」という皮肉っぽい表現がある。何事にも手順 と段取りがある。資金面の手当てもあるし、何より人的な資源が揃っている か、疑わしい。中小企業は、まずこのような人的、資金的な経営資源が乏し い。乏しいなら、現在の従業員をレベルアップするか、外から調達するしかな い。あるいは、一時的に専門家のサポートを仰ぐ。それにも、費用も要る。た またま頼んだ専門家とうまく相性が合うとは限らない。おおよそ、計画したこ とが想定通りに進行する保証はどこにもない。 <大きな前提条件が変われば修正する> ・ほとんどの計画は、すべてが順調にうまく行ったことを前提にして作成して ある。ゴルフで言えば、各ホールすべてパーでホールアウトするという計画 だ。ボギーはひとつもない。おおよそ、この計画でうまく行くという前提は、 たちまち崩れるのが普通だ。やってみれば、想定外のことも起こる。なので、 常に計画は修正が必須となる。ところが、ここに落とし穴がある。多くの企業 では、作成には非常に多くの時間を割き、エネルギーをかける。ある代表者は この事業計画の作成のため、本業の仕事をやりながら毎日遅くまで自宅に資料 やパソコンを持ち帰り、相当多くの時間をかけて努力した。数か月かけて立派 な計画書ができた。内容も一定のレベル以上で、説得力もあり、それなりの出 来だった。従業員への説明も行った。 ・ところが半年も経たないうちに、想定外の事態が起こった。中堅幹部社員の T君の退職だった。期待していた若手の優秀な営業社員だったが、家庭の事情 での依願退職だった。慰留したが意志は固く、数か月後に止む無く退職になっ た。途端にこの事業計画は支障をきたした。代表者が作成した事業計画の中で は、このT君に次の新しい事業を担当してもらうという目論見だった。それが 見事に外れた。この事業計画が原因での退職ではないが、非常に痛い離脱だっ た。すぐに適任者の補充はかなわない。やむなく、新しい事業を起ち上げる計 画は大きく後退することになる。しかし、中小企業ではこのような計画の修 正、変更、改定などは日常茶飯事のように起こり得る。むしろ、ないことのほ うが稀だ。そう覚悟した方がいい。 ・まずかったのは、この企業の代表者がすぐに事業計画の修正、変更を着手し なかったことだ。せっかく根性入れて作った事業計画だ。T君の退職で簡単に 直す気にもなれない。そのまま半年、1年経過して、現状は計画と大きく乖離 する事態となった。2年目に入ると、誰もあの事業計画書のことを話題にする のはご法度のような雰囲気になった。会議でも、日常でも、どんどん計画の内 容と実態が離れていき、もう修正も不可能な事態になった。代表者も、再度改 訂版を作成する気力もなくなり、現業の事業にも悪い影響が出始めた。現状が 事業計画と乖離しているのに、一向に代表者が修正もしなければ、変更の指示 も出さない。計画対比、予実対比も意味をなさないようになってしまった。従 業員のモチベーションは低下し、代表者の顔色も悪い。 <目的は変わらず目標は変わる> ・作って安心してしまったのが最大の敗因だ。予定外のことが起こったら、修 正をすることをためらってはいけない。ただ、この状態は修正が必要か、補 修、補填でカバーできる範囲であるのかを冷静に見極めないといけない。ほと んどの中小企業では代表者は孤独であり、気安く簡単に相談できる相手がいな い。経営陣に優秀な他の役員が多くいるなどというのは、ほとんどお目にかか れない。一族、親族に誰かいればまだしも、父親の先代はもう引退し、役員は 自分しかいない。冷静に第三者から見て、現状が正しいのか、間違っているの か、修正する必要があるのか、見当がつかない。事業計画も、直さないといけ ないと思いつつ、作成して終わりになってしまった。これではいけないと分 かっているが、忙しい日常にかまけて放置した。 ・計画はあくまでも計画だ。仮説にすぎない。しかし、自社がどこを目指すの かが、ころころ変わることはあまりないはずだ。一度立てた売上や利益の数字 は、都度状況が変化すると変わるのは当然だ。それは目標の数字であり、事業 の目的は不変だ。小手先の数字の修正は、大きく変わるなら、都度したほうが いい。おおよそ半年、6か月で一度見直すべきだ。中小企業の経営状態は半年 経過すると、相当変わる可能性がある。半年ごとに見直す癖、習慣をつける。 3月に4月からの年度の計画を作り、9月に半期経過して修正を加える。この インターバルを習慣化し年間の定例行事にする。そこに向けてどのような準備 をすればいいのかが、何回かやると分かってくる。事業計画は、このように常 にブラッシュアップして最新の状態にしておくことが大事だ。 ・事業の目的は、そう簡単に大きく変わるものではない。しかし、数字の目標 はその時点の環境や前提条件で、都度変化する。適当な期間を設定し、数字は 見直す必要がある。おおよそ、半期6か月ごとに簡単に見直し、修正を加えた ほうがいい。売上が減少するという見通しなら、利益の確保に注力する。逆 に、売上が伸びるという有難い予想なら、経費の増加に気を付ける。計画はあ くまでも仮説だが、代表者の意思を表す。企業経営を通じて、社会にこのよう な価値を提供したい。その結果、企業としてこのように評価されたい。それは 数字だけではない。売上が伸びたからいいというものでもない。自身の目指す ものは何か、どこに向かおうとしているのか。そのために、するべきことは何 か。そのような「想い」と「志し」を自ら書いたものが事業計画なのだ。