**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第1127回配信分2025年12月01日発行 外国人と共生する社会を目指して 〜彼らといかに一緒に働き、暮らす社会を作るか〜 **************************************************** <はじめに> ・1980年の秋10月、社会人になって28歳で初めて海外出張に行かせてもらっ た。最初の到着地はロンドン、ヒースロー空港。当時、まだ直行便がなく、 アッカレッジ経由で給油し、北極圏周りだった。到着してホテルにチェックイ ンし、しばし休息の後、同行の上司課長のKさんとロンドン見物に出た。初め て地下鉄に乗ったときの光景は、衝撃的でいまだに覚えている。地下鉄の車両 に乗っている人で、イギリス人はほとんど見かけない。黒人、白人、アラブ 人、アジア人などなど、本当に多様な人種だった。ヨーロッパ、特に先進国の イギリスでは国民のすべてがイギリス人だと錯覚していた。入国審査の担当者 やタクシーの運転手がイギリス人らしかったので、勘違いした。 ・フランス、オランダでも同様の光景が見られた。一番滞在期間が長かったド イツでは、さほど外国人は見かけなかったように記憶している。これは、その 国の歴史的な背景があるのだと、帰国して教えてもらった。つまり、植民地政 策をとり、海外に多くの植民地を抱えていたイギリス、フランスは、植民地か らの移住民が昔から多く生活していた。それで多国籍の国民がいるのだと。い つだったか、サッカーのワールドカップで、フランスチームのメンバーを見る と、純粋のフランス人らしい選手はごく少数だった。今回の、MLBのワールド シリーズで優勝したドジャースも、純然たるアメリカ人は少なかったはずだ。 メキシコ、ベネズエラ、プエルトリコ、キューバ出身の選手、そして我が日本 人からの構成だ。多国籍も極まっている。 ・日本の国技大相撲も、最近では多様化している。モンゴル出身の力士が一番 多いはずだが、ご存じのようにスピード出世の安青錦はウクライナだし、過去 から現在までには、ロシア、エストニア、ジョージア、ブラジル、ブルガリ ア、ハワイ、エジプトなどの出身者もいたし、現在も現役で活躍の力士も多 い。現在は、幕内力士のうち5人に1人が外国出身者で占められている。1部 屋1人という制限があるため、急激に増加するのではないが、特に最近、違和 感は全くない。日本国籍を取得すれば、この制限はなくなる。最初、ハワイか ら高見山という力士が土俵に上がった時代は、大変な苦労があったはずだ。そ こを乗り越えて、今がある。先達の努力があるからこそ、今の隆盛の時代があ るのだ。そのうち、日本人力士の数の方が少なくなるかもしれない。 <職場に外国人がいないと成り立たない> ・現在の日本で、外国人労働者がいなければ、多くの業種、ビジネスそのもの が成り立たない。製造業、飲食業、宿泊業、建設業、小売業、サービス業、介 護事業所など、現場で多くの外国人の人たちが働いている。いや、働いてくれ ているというのが正しいか。海外からの実習生は非常に真面目な人が多いと聞 いている。母国はベトナム、中国、タイ、インドネシアなどが多い。あと、人 数は少ないかもしれないが、モンゴル、ネパールなどからも来ている。それぞ れ母国を離れ、一生懸命仕事を覚え、母国の親や家族に仕送りをしている。最 近では、スマホで残った家族と簡単にコミュニケーションできるから、ホーム シックにはなりにくい。しかし、言葉の問題、生活習慣の違いなどから、やむ に已まれず勤め先をエスケープする人もいる。 ・以前、知り合いの某企業で働いていたネパール人は、魚が食べられなかっ た。朝食に供される焼き魚が食べられない。内陸の国なので、焼き魚は食べた ことがない。まして、なまの魚などを食べるのはあり得ない。これとは別にイ スラム教やヒンズー教では、食べてはいけないものが決まっている。鶏肉、豚 肉なども、国によっては戒律が厳しく、禁止の食物は絶対にダメだ。また、イ スラム教では一日に数回、拝礼をしなければいけない。ラマダンという絶食の しきたりもある。もちろん、日本に来たらそれはダメだというのは簡単だが、 彼ら彼女らにしてみれば、生まれてからずっと馴染んだしきたりを簡単に変え るわけにはいかない。要するに、受け入れ側が受容して、経営側にそれを認め る度量と気持ちの余裕が必要だ。 ・言葉の問題は、もっと深刻だ。一応、出身国で一定の日本語教育を受け、試 験を受けてある程度の水準にあることは保証されてはいるが、それでも現地に 来て現場に入り、現物を触るとなると、非常に複雑な日本語を理解する必要が ある。現場の掲示物は全部日本語だ。書いてあるからわかるだろうという理屈 は、彼らには通用しない。日本語、英語、母国語の3か国語で記載する手間が 煩雑だ。しかし、これに手を抜くと危険も伴う。製造業などで、作業手順を間 違ったりすると、大変なアクシデントが起こるかもしれない。危険物を扱う現 場では、発火、爆発、漏洩などの深刻な事故が起こる可能性もある。介護施設 などでは、身体機能が不自由な高齢者が多い。転倒や誤嚥などの事故が起こら ないとも限らない。 <外国人実習生を便利づかいしない> ・日常の生活習慣も大きく異なる。我々では当たり前、当然の常識が、通用し ない。特に、ゴミの分別は日本では結構厳しいが、海外ではルーズな国も多 い。5種類くらいに分けるなど、結構慣れていないとできない。また、住んで いる自治体ごとに多少方式が異なる。日本人でも、転居すると戸惑うことも多 い。高級なマンションなら、常時廃棄できる場所があるが、賃貸の小規模ア パートだと曜日を決めて自治体が回収するゴミの日に出さないといけない。そ れも、朝8時までに出すように義務付けられている場合が多い。これをきちん と実行するのは、なかなか難儀だ。大型ごみは別の方式で出さないといけな い。これを正しく理解し、実行できる頃に帰国するという羽目になる。苦労し て覚えた生活習慣が活かされない。 ・東大阪で製造業を営む某企業では、もう20年近く以前からベトナムの実習生 を受け入れてきた。この企業の方針は明確で、決して実習生を便利づかいしな い。あくまでも、社員の一員だという手厚い受け入れ態勢を取っている。確か に、当初は3年くらいの短期間で帰国した。頻繁な入れ替わりがあり、現場で の苦労も並大抵ではなかった。しかし、この手厚い受け入れ態勢があったの で、実習生の中で日本に永住したいという人が現れた。また、短期間で帰国し たが、学んだ製造技術がベトナムに帰国したあと、非常に役立った。母国で非 常に評価された。長い間実習生の受け入れを続けてきたので、実習生のOBがベ トナムで多くできた。日本に帰化した実習生と、母国に戻ったOB達がホーチミ ンで現地法人を起ち上げる大きな原動力になった。 ・現在、量産製品の大半はベトナムで製造している。まだ、品質が完璧に日本 と同じレベルには達しないので、面倒でコストはかかるがコンテナで日本に輸 送して検査している。近いうちにこれも不要になるだろうし、ベトナム国産の 自動車部品に採用される見通しだ。責任者、工場長以下、ほとんどの主要な従 業員は東大阪企業の実習生OBだ。彼らがコーチになって、現地採用した従業員 を教えている。製造技術、品質管理、5Sなどは、ほとんど日本から持ち帰っ たものだ。QC活動、改善提案活動、環境整備なども、徐々に根付いている。今 後、微細加工、精密加工品は日本で、中量産以上のロット品の生産はベトナム 現地法人で行う予定だ。代表者は、我慢して正しいことを地道にやってきた成 果だと自信をもっている。これが一つの方向を示しているか。 <一緒に暮らす共生社会を目指す> ・要するに、外国人実習生、留学生を単なるコマと勘違いしてはいけない。今 後の人口減少、労働人口の低下を考えると、彼らはもう必須の経営資源なの だ。これを使い捨てのように考えている間は、外国人材との共生社会は生まれ ない。島国で、外国に出た経験のある人が、まだ少ない日本で、外国人材を受 け入れる土壌ができていない。確かに、乱暴に言えば、海外の人材と共に暮ら すのは、手間がかかる。面倒かもしれない。言葉一つとっても、英語だけでは 済まないかもしれない、以前、スイスに行ったときに入ったレストランではメ ニューは4か国語だった。フランス語、ドイツ語、イタリア語、そして母国語 であるロマン語。新聞も確か数か国語で発行されていた。TVなどのメディアも そうだった。相当のコスト負担になる。 ・しかし、いまや非常に便利なツールがある。AIの発達で、翻訳機能が非常に レベルアップした。言語の習得もあまり必要なくなった。スマホ1台あれば、 簡単にコミュニケーションが取れる。建築現場で離れた場所同士で、多言語で 業務のやりとりができる。また、そういうサービスを提供するソフト会社が成 長している。駅の窓口で、アクリル板の中に翻訳された他国言語が瞬時に表示 されるシステムも開発された。タクシー乗務員も、スマホで簡単に外国の乗客 と会話が可能だ。飲食店のメニューも画像で取り込めば、ほとんどの言葉に翻 訳が可能だ。びっくりするようなマイナーな言葉にも翻訳できる。それも、瞬 時だ。これがあれば、飲食店で困ることもないだろう。ITやAIを活用すれば、 相当外国人材との共生はやりやすくなっている。 ・とにかく、一緒に暮らすという前提を受けいれることだ。生活習慣の違い は、当初はある。しかし、それを嘆いても始まらない。地道に、繰り返し、地 域の一員だという気持ちで接することだ。距離を置いてはいけない。お客さん でもない。歓迎すべきメンバーだと、門戸を大きく開けてハッピーウエルカム の姿勢を見せないといけない。そうでないと、2030年、2050年には働き手の人 口は大きく減っている。日常の生活が回らなくなっている。緊急のトラブルが 起こっても、すぐに解決できない。しばらく待ってくださいと、長い時間待た される。もちろん、少子化対策に税金を使うことは仕方ないが、結果が出るま でには時間がかかる。それを漫然と待っていることは、もう限界がある。どう やって外国人材と共生する社会にするのかを優先する方が正しい道だ。