□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第450回配信分2012年12月10日発行 どこでこの事業を止めるかの決断をする 〜トップの最大の仕事は止めることを決める〜 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ <はじめに> ●先日の日経新聞。小さな囲み記事だったが、日産自動車がブルーバードの生 産を停止、中止したとの小さな記事が掲載されていた。ほとんどの方は気にも 留めなかった小さな記事だ。しかし、その記述は印象的だった。曰く、日産の 象徴たるブランドのブルーバードという車種の生産にピリオドを打つと言う。 昔のニッサンを知っている人、著者もその一人だがそれはそれは、断腸の思い がある決定だろう。あのニッサンがブルーバードの生産を止めると言うのは本 当か? ●しかし、今の日産自動車は決断した。かっての看板の車種、ブルーバードの 生産を中止するという。もちろん、後継のブランドの車種があってのことだ。 簡単に顧客を放り出すということではない。しかし、我々昭和40年代のモー ターリーゼーション(こういう言葉も死語かもしれないが)の真っ只中で生き てきた世代からすると、日産自動車がブルーバードの生産を打ち切るというの は、それはそれは重たい重たい決定だろうと、想像に難くない。関係者は本当 に断腸の思いだ。 ●当時、自動車の生産に関してはトヨタより日産が大きくリードしていた。古 いブランドでは「ダットサン」。これが日産自動車の一番のブランドだった。 「ダットサン」とは「脱兎」の意味。ウサギが駆け抜けるイメージを「脱兎」 ということばに託した。「サン」は太陽だったか、記憶には定かではない。事 実と違うことを書いてはいけないので、あいまいな記憶の記述は避けることと するが、とにかくダットサンというブランドは昭和30年代の後半の日本の最大 の自動車ブランドだった。 <ぐずぐずしているうちに時期を逸する> ●それが50年経って、いよいよその賞味期限も切れた。当時から想像すると隔 世の感がある現在の自動車業界だ。成岡の母が昭和30年代に自動車の免許を取 りにいった。10回ほど落ちたが、最後の最後、ようやくめでたく自動車の免許 をゲットした。当時非常にまだ珍しかった女性のドライバーだ。道もぼこぼ こ、車もがたがた。そして最初に買った車が、ダットサン。そして、次に買っ た車がブルーバードだった。子供心に、車は本当に憧れの存在だった。なに せ、京都で女性のドライバーは数えるほどだった。 ●ブルーバードは中産階級の庶民がぎりぎり手に届く車の象徴だった。トヨタ はまだそんなに大きな自動車メーカーではなかった。もちろん、ホンダや三 菱、マツダがある時代ではない。その当時のブルーバードは圧倒的なブランド 力を誇っていた。それが、50年経過してとうとう生産打ち切りになるという。 もちろん過去に何回かメジャーなモデルチェンジ、そして数年おきのマイナー チェンジを経てきて、それが最後の最後、生産打ち切りの決定になるという。 一種のノスタルジックを感じる。 ●しかし、断腸の思いであれ、断腸でなくても、時代の変化と共に変化しきれ ないブランドは退場するしかない。これは自然の淘汰として当然のことなの だ。この新陳代謝がないと組織も、市場も活性化しない。いつも変わらないと 最後に消費者は離れる。消費者は、その覚悟を見ている。簡単にブランドを捨 てるように思えても、実は非常に巧みな深謀遠慮に基づくことが多い。市場が 見放す少し前にブランド終息の決定を下す。早くてもいけないし、遅くてもい けない。絶妙のタイミングがある。 <誰もが決められない> ●止める決定は難しい。まず、普通は後ろ向きの決定と受け取る。何か、疑心 暗鬼になり、事業を止めたこと=企業が危ないこと、ととるだろう。しかし、 一見して縮小のように見えるが、それは間違い。縮小は後ろ向きでもなんでも ない。後ろ向きになるのは、経営者のマインドだろう。ずっと上り調子でやっ てきた事業が、いったん閉じる動作に入る。それは次の時代にジャンプするた めには、いったん縮小することが好ましい。少し縮んで、次に大きくジャンプ する。その一過程なのだから。 ●止める決断が出来たら、それは本物だ。いろいろな過去の人間関係、過去の 経緯、経過。取引先との関係、得意先との関係。従業員、社員、関連した社員 など。そんなことを考えていたら決心、決断はできない。確かに、一度始めた 事業を途中で投げ出すのは良くない。保険やリースの関係もごっそり残ったま まだ。しかし、この現状を放置することは、一番避けないといけないことだ。 避けないといけないなら、前に進むか止めるしかない。中途半端が一番いけな い。 ●特に目先の現状で影響が少ないから、このままで行こうという決定は、一番 簡単で分かりいい。特に誰が痛むというのではない。得てして、そういう安易 な結論になりやすい。これなら、誰も文句を言わない。足しで二で割ったよう な、真ん中をとった結論だ。どうしても、いやな決定は誰もがしたくない。結 局、在庫は残る、原材料は残る、少しの売上が残る。売掛金も少々、昔のもの が残る。誰もが嬉しい想いをしない。しかし、誰かが決めないとこういう決断 はできない。 <結局最後まで行ってしまう> ●少なからず企業のブランドイメージは毀損する。良くはならない。悪くは なっても良くはならない。しかし、成長した企業の軌跡を紐解くと、どこかで 誰かが撤退の決断をしている。戦争で言えば、いったん兵を引くわけだ。これ を失敗すると全軍が敗北になる。そして、最後の最後、全軍が全滅して終わ る。企業で言えば倒産になる。そうならないために、誰かがどこかで撤退、撤 収の決定を下さないといけない。しかし、そんな損な役回りは誰も引き受けな い。まして、幹部の社員がするはずもない。 ●有名な経営の格言に、経営とはやめる事を決めることだ、というのがある。 簡単そうで出来ない止める決断。それはトップしか出来ない決定なのだ。特 に、歴史のある企業、現在好調な企業、規模の大きい企業では、この撤退の決 断に時間がかかる。成岡の関係先の企業も、この決断に至るに数年を要した企 業もある。やっと、最近そういう結論に至ったが、その理由は自らの決定では ない。外圧、外部からの圧力で止むを得ず撤退したのだ。決してハッピーな撤 退ではない。 ●ことほどさように、止める決断は難しい。これが出来たら本物の経営者だと 思うことは、たびたびあった。しかし、ほとんどのケースは事業の継続、存続 を決定した。それが誰もが痛まない決定だから。しかし、企業の存在価値、ブ ランドは少なからず毀損していた。一番に、お客さん=消費者が感じていた。 しかし、企業は分かっているけど、継続した。そして、莫大な損を蒙り、多く の屍を築いて、ようやく撤退の決定ができた。自らの意思で決定できれば、 もっといい時期に止められたのに。