**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第601回配信分2015年11月02日発行 中小企業の経営者が日ごろから備えること その99 〜後継者へのバトンタッチは自分が考えているほど簡単ではない〜 **************************************************** <はじめに> ●ここ2カ月ほど、立て続けに数件の事業承継の案件に関わり、どれもがなか なか難儀な案件だった。まだ継続中の事案もあり、ことの結末は読めないが、 非常に事情が複雑だったり、人間関係がこじれていたり、それはなかなか紐解 くのに難儀した。そのうち、大半が後継者が娘さんのみで、従業員や社員の方 に承継したいという案件だった。バトンタッチするご本人は割とさばさばし て、意外と呑気なのだが、受け取る方はやはり、相当神経質にならざるを得な い。特に、おカネの話しになると、ことは相当複雑になる。 ●まず、渡すほうの現在代表者の方の意識と、受け取る方の後継者の意識との 間には、大きな溝があると言っても過言ではない。比較的安直にお考えの代表 者の方もあったが、それはご本人が創業者であったり、一族で代々承継してき たりで、会社の内容、財務の中味、株主のことなど全部ご存じだから言えるこ とで、承継する一族ではない普通の社員であれば、不安になるのは当然だ。特 に、代表者の方がおカネに関してあまり詳しくないと、おっつけその説明が曖 昧になる。受取る側は余計に不安になる。 ●いつもながら、売上と利益に関してはよくご存じなのだが、貸借対照表つま り資産と負債の内容になると、ほとんどわかっていらっしゃらない方が多い。 負債とは借入金だけのことだと勘違いされている代表者の方もある。資産の中 で重要な売掛金や在庫、棚卸資産の内容をほとんど把握されていないケースも 多い。しかし、それらは資産であれ負債であれ、全部会社の資産であり、負債 である。相続と同じで、いいものも悪いものも全部引き連れて承継しないとい けない。いいとこどりはあり得ない。 <受取る側の不安を払拭する> ●とりわけ後継者の方が神経質になるのは、借入金の保証の問題と提供してい る担保のこと。当然のことながら代表者は代表者としての保証もしているし、 個人保証もされている場合が多い。さらに、個人の資産を担保として提供され ている場合もある。借入金の金額にもよるが、その保証の中味を次の方にきち んと説明しておかないと、それはそれは不安の塊になる。また、明快にしてお かないと疑心暗鬼になる。しかし、双方の立場は正反対だから、きちんとした 説明がないと不安にかられる。 ●もうひとつは株式の問題。創業社長や一族で承継されてきていると、株式が 相続で分散したりしているケースも多い。3代くらい承継されている企業では かなりの人数に株式が分散している場合もある。社長周辺の一族に分散してい るなら、まだいいがそれでも兄弟姉妹などの多数に散らばっていると、ことは やっかいだ。その利害関係者から株式を買い戻したり、譲渡を依頼したり、い ろいろと頭を下げたりおカネを準備したりするケースもある。それを一族では ない従業員の身分の人がやるには、相当骨が折れる。 ●業績がいい場合は、株価価値が結構高い場合もある。50円株が数千円になっ ていたりする。そうなると、最低3分の2以上を持ち分としようとすると、高 額の資金を用意しないといけないことになる。国の後継者優遇制度もあること にはあるが、なかなか使い勝手が悪く、かつ相当厳しい条件がついていて、こ とはそう簡単ではない。詳しい税理士さんもいらっしゃるが、周辺を見渡して もこの制度をうまく利用して事業承継をされたケースをあまり知らない。それ くらい、レアなケースになるのだろう。 <とにかく早く準備をする> ●また、現在の社長と永年やってこられた役員や幹部の方も在籍されている。 後継者というからには20歳から30歳くらい年齢が違うのが普通だから、おっつ け自分より先輩の方がまだ大勢いらっしゃる。いくら代表取締役社長になった とはいえ、先輩諸氏をさておいて独断でことを運ぶには相当な気遣いが必要 だ。自分一人で何でも決めていいというものでもない。当然、意思決定には時 間がかかり、優柔不断になるケースも出てくる。そうなると、社員や従業員の 手前、あまり嬉しくない。 ●この経営権に関する不安ややりにくさ、おカネの問題を一定の時間内で解決 しておかないと、スムースに事業承継は進まない。一族や同族、特に父親から 息子への承継ならまだいいが、こと従業員となるとあかの他人だからやっかい だ。しかし、娘さんしかなく、またその旦那が全く事業に関心がないとなる と、従業員にバトンタッチするしかない。それができないなら、M&Aや廃業を 選択するしかないだろう。他の従業員に責任はないから、廃業などと言ううし ろ向きの選択肢はなんとしてでも避けたい。 ●ならば、日ごろから従業員に承継するなら、何を明らかにして、何を準備し て、何をしておかないといけないかを、相当周到にやっておかないといけな い。今回のケースで代表者が病気で倒れたというケースもあったが、そうなる とことは一層混迷を深める。病気で入院などという事態になったら、なかなか この複雑な事情をばらばらにして、ことを円滑に進めるのは難しい。判断は遅 くなり、意思決定には時間がかかり、最後間違った選択をするかもしれない。 そうなってからでは、遅い。 <立場の違いを理解する> ●娘さんしかいなくて、かつその配偶者に承継の意思がないなら、早くから次 にどうするかを考えておかないといけない。もっと遠い親族の方で承継候補者 がいれば、早くからアクションを起こして、意思を確かめる。それも難しいな ら、従業員に承継してもらう場合、どのような準備段取りをすればいいか、税 理士さん等にさきさきに相談を持ちかける。そして、財務内容をきちんと把握 し、特に借入金の関係や債務保証が現時点でどうなっているのかを一覧表にし たりしておく。急に慌ててやるとミスが起こる。 ●売上や利益もさることながら、承継で大事なのは資産と負債だ。そして、そ の内容をどれくらい代表者の方が明確にわかっているか。また、それをきちん と従業員の後継者に説明できるか。あいまいな説明はかえって不安感を増長 し、ことは一層複雑になる。何かを隠しているのではないか、何か言えない複 雑な事情があるのではないか、自分には言ってくれない隠し事があるのではな いか。そのような不安や不信感が芽生えてくると、これを打ち消すには相当な 時間がかかる。 ●とにかく、受け取る側と渡す側では雲泥の差があることだけは理解、納得し ておかないといけない。これを安直に考えると失敗する。立場が違うのだから 当然でもあり、かつ渡す側が社長であり、最高の権力者なのだ。受け取る側は 普通の従業員であり、一般社員なのだ。同じように考えろと言っても、できる はずもない。それが分からない。また、従業員の立場からでは、なかなか切り 出しにくいし、言い出しにくい。はたして、このことが代表者で渡す側の社長 に理解されているか。そういうことで承継が円滑にいかないのは、まずい。早 くから準備すればかなり解消するのだが。