**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第616回配信分2016年02月15日発行 成岡の40年の社会人生活の軌跡をたどる:その14 〜3日3晩不眠不休の全停電復旧で自信をつける〜 **************************************************** <はじめに> ●重合工程の全停電からの復旧は、S課長代理を責任者に、成岡が補佐をする 体制でやることが決まった。工務室に集まったメンバーは約10名。課長の川俣 さん、筆頭課長代理の石川さん以下のメンバーだったが、実際にこの部署を仕 切っていたのは豪放磊落の石川課長代理だった。課長の川俣さんはつい最近東 京本社から赴任してきたばかり。まだ単身赴任で、成岡と一緒の独身寮で暮ら していた。かたや石川さんは豊橋工場ができたときからの猛者であり、工程の あらゆるところを知り尽くしていた。 ●実質的には部署の責任者は石川さんだが、彼が交代勤務に入って現場の指揮 を執ることはできない。日中の通常の勤務で、逐一現場の状況を全部把握し、 工場長に報告し、生産計画の修正や応援部隊の手配、機材の確保、原材料の調 達計画の変更など、あらゆる今回の異常に対処する必要がある。日産100トン 以上の連続操業工場の全停電という前代未聞のできごとだから、作戦司令部の 責任者はもっと重大な任務がある。だから、現場の復旧は信頼できるS課長代 理とやんちゃな成岡に託した決断をした。 ●この石川さんは今でもそう思っているが、非常に人心の掌握術がうまい。コ ミュニケーションが抜群で、アルコールも強く、テニスも我流ながら非常にね ちっこい。45歳くらいだっただろうが、東大を出て現場の技術屋一筋と言う、 頭も切れるし人柄も抜群。ただし、仕事が出来過ぎて、敵も多かった。特に、 上司を上司と思えぬもの言いが目立ち、ときとして上司と物議をかもすこと が、ままあった。しかし、誰もが認める実力者で、その判断の速さ、正確さは 群を抜いていた。だから、この決定には誰もが納得した。 <優先順位をつけることから始めた> ●石川さんのすごいのは、S課長代理と成岡が責任者と決まると、長期戦を覚 悟したのか、あっさり会議を終了して、あとは頼むぞとさっさと帰宅した。そ の時点で重合工程のラインは全部停まり、真っ暗な現場にようやく照明が灯っ たくらいだ。今から、相当な時間がかかると読んだ石川さんは、日勤の主要な スタッフを明日からの戦闘態勢に備えて、早く帰らすことを選択した。この修 羅場に及んで、そういう判断はなかなかできない。「あとは頼むぞ。」という 重たい期待と責任を一身に背負って、まずS課長代理と作戦会議を行った。 ●石川さんが帰宅する前に、「腹ごしらえだけはちゃんとしておけよ。」との 有難いお言葉をもらって、まず食堂に行って簡単に晩飯を食べることから始め た。24時間365日停まらない連続操業の工場では、食堂と風呂は同じく24時間 365日動いている。食堂は食べられる時間は決まっているが、それでも自動販 売機はあるし何かは食べられる。しかし、全停電したので食堂も、考えれば停 止していた。行く前に気が付いて、食堂に行くことは断念したが、交代勤務の 若手に頼んで工場の外の店で食料品を調達してもらった。 ●次に会議室にホワイトボードを持ち込んで、臨時の作戦司令室を作った。交 代勤務の作業長とS課長代理、成岡の3名が常にそこで情報交換をすることと した。また、会議室の隣に臨時の仮眠室を設けて、いつでも仮眠できるように した。臨時に内線電話も引いてもらった。さあ、これからどういう段取りで分 担してやるのかを、今晩中に決めないといけない。各現場の状況はおおよそ把 握できているから、どこから手を付けるかの優先順位を決めることから始め た。当然、周辺のユーティリティの稼働から始めないといけない。 <ユーティリティを立ち上げる> ●工場のユーティリティとは、電気、高圧蒸気、低圧蒸気、熱水、圧縮空気、 窒素、工程水、冷却水、熱媒などだ。ほとんどが、遠く離れている動力エリア ににある動力課という部署から供給されているが、一部の蒸気と熱水は重合工 程で単独に4基のボイラーから発生して供給している。つまり、復旧には動力 課と緊密に連携を取ってやらないと、重合工程で一気に大量のユーティリティ を使用すると、ピークオフになり再度トラブルになる可能性もある。よって、 動力課は工場全体に関わるので、S課長代理を窓口にすることにした。 ●次に、重合工程にあるボイラーの立ち上げを3交代の勤務班の副作業長に任 すことにした。これはそんなにややこしくない。いつも運転しているので、立 ち上げはたやすいが、全ボイラーが緊急停止したので、立ち上げには慎重を期 す必要がある。そして、この危険物満載の工程の復旧をやるには、どうしても 機械関係の専門家、電気関係の専門家、システム関係の専門家が必要となる。 何が復旧の時にトラブルが起こるか分からない。異常なガスが発生して爆発も 想定されるし、漏えいもあり得る。まともに機器が動く保証がない。 ●成岡は、次に機械保全、電気保全、計装保全の部署の責任者に各1名ずつ臨 時の作戦司令室に12時間交代の要員を派遣してくれる交渉にあたることになっ た。しかし、工場が全停電したのでどの部署も全員臨時で呼び出して、猫の手 も借りたいくらいに超多忙を極めている。まだ、復旧の見通しが立たない部門 もあるので、この時点では多少の余裕はあったようだが、12時間交代の要員を 出すのは難しいと、即座に断られた。しかたがないから、とりあえず復旧開始 の今晩だけ、付き合って欲しいと懇願して各1名を回してもらった。 <重合工程の途中で停止して固まっている> ●こういう修羅場では今までの人脈と実績がものを言う。当時の保全班の電気 や機械のリーダーは、成岡と以前運動会の応援団で一緒にやった仲間たちだ。 こちらの必死の頼みを二つ返事で聞き入れてくれた機械保全班の三浦君のよう な猛者もいた。上司がどう言おうが、なんとかしてやるから安心しろと言って くれたときは、本当に嬉しかった。かくて、まずボイラーの昇温から開始し た。これは順調に昇温できた。蒸気の一部と熱水が復旧した。電気は、もう全 部に通電できていた。照明もすべて点灯し、パネル室も少し落ち着きを取り戻 した。 ●次には冷却関係のユーティリティの復旧を確認する。加熱より冷却の方がト ラブルでは大事だから、冷却水のポンプ、モーターに異常がないかを確認す る。冷却水、工程水の循環を確認し、次にどの生産系列から復旧さすかを決め ないといけない。ここで、S課長代理と成岡との意見が分かれた。エステル化 工程では、加熱が停まって反応物が固まっても、再度過熱を徐々にすれば、溶 融はそう難しくない。徐々に昇温していけば、特に異常な反応は理屈では起こ らないはずだ。しかし、次の重合工程ではそうはいかない。 ●重縮合反応なので、どれくらいの反応の時点で固まったかによって、それぞ れ内容物の物性が全部異なる。エステル化工程は、スパイグラスと言って反応 装置の内部を目視できる部分があるが、重合反応装置は超真空にするので中は 分からない。温度と出てくる水の量、そして撹拌するモーターの消費電力から 類推するしかない。しかし、固まってしまっているので、昇温したときにどの ような異常な反応が起こるのか、経験がない。そこで、相当反応が進んだ段階 で停止した3号系列の溶融からテスト的に始めることとした。