**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第617回配信分2016年02月22日発行 成岡の40年の社会人生活の軌跡をたどる:その15 〜トラブルはあったが無事に全系列復旧させた〜 **************************************************** <はじめに> ●とにかく前代未聞で初めてのことなので、何をどのようにすればいいか、マ ニュアルもなければ作業標準書もない。緊急時やトラブルの際には、おおむね こういう風に手順はするのだという手引きは多少はあったが、なにしろ工場全 体が数時間にわたって全部停電するという、未曽有の事態だから、そもそも俗 に言う「想定外」のことなのだ。まず、重縮合反応をする大型の反応装置の、 すべての機器が停止するなどとは想定されていない。なので、ここまでの深刻 な事態を想定した手順書はなかった。 ●重縮合反応とは、エステル化された反応物に重合触媒を添加し、高温で超真 空にして縮合反応を起こさせ、生成物を反応系から取り除く。そうすると、モ ノマーが重合反応を起こしてポリマーとなる。高粘度の樹脂ができると思って いただいたらいい。巨大な攪拌機で数トンの樹脂が、ゆっくりゆっくり所定の 粘度にまで反応が進んでいく。攪拌機を一定のトルクで回転さすには、電力が どんどん粘度の上昇と共に上がってくる。その攪拌機のモーターの電力を チェックして、所定の粘度に達したことを確認する。 ●そして、超真空を開放し反応系の中を高圧の窒素ガスで置換して、逆に数キ ロの窒素雰囲気下に保つ。そして、高粘度の樹脂(ポリマー)を一定の窒素ガ スの圧力をかけて厚さ3mm幅700mmくらいのスリットから吐出させ、シート状 にして取り出し、大型のカッターで一定のサイズにカッティングする。数トン のポリマーを完全に吐出さすのに、40分くらいかかる。ここが、一番危険で危 ない作業になる。現在はロボットでやるかもしれないが、当時は2名の作業員 が呼吸とタイミングを合せて、手順良く作業を行っていた。 <高粘度で固化した系列は安全> ●数多くの反応系列のそれこそ大半の反応装置のポリマーが、いろいろな段階 で加熱停止となり、固まった。重合触媒を添加し、どろどろの状態で固まった 装置もあれば、もう所定の粘度寸前で固まった反応装置もあった。それぞれの 加熱停止した状態を詳細に点検して、まずどの装置から再加熱するかを決定す る作業から取り掛かった。当然中央制御室には、子細な作業工程記録がある。 また打点温度計も含めて山のごとくチャート紙がある。それらを対策本部室に 全部集めて検討が始まった。 ●基本的に危険度の少ない反応装置から復旧さすという大方針が決まり、まず 反応完了寸前で停止した装置から再加熱を行った。しかし、粘度が高く重合度 も高いので溶融には時間がかかる。異常な反応が起こる確率は低いだろうが、 時間との戦いだ。一定程度、250度くらいに加熱した段階で、攪拌機を手動で 回すこととにした。大型のモーターに接続されているプーリーという回転体か らベルトを外し、手動で回るようにして回してみる。ところが250度くらいで 数時間くらいの加熱では、全然溶融していない。 ●この最初の装置のテストで分かったことは、高粘度のポリマーになっていた 段階では溶融に相当の時間がかかること、溶融の間に異常な反応はあまり起こ らないこと、追加の重合触媒を添加する必要のないこと、可燃性の異常なガス は出ないこと、などがおおむね確認できた。なので、いくつかの反応装置は高 粘度のポリマー状態で加熱停止したから、これはゆっくり昇温して290度くら いになってから、手動で攪拌機を回して溶融を確認し、一定の粘度まで上げて から、通常通り吐出すればいいと分かった。 <現場で必死で格闘する> ●やっかいなのは、エステル化反応が終了し重合触媒を添加し、重合反応開始 直後に加熱停止して固化した反応装置だ。これが数台あった。ほとんど重合反 応していないし、触媒を加えて少し減圧にした段階で停止した。どれくらいの 重合状態であるのか、よく分からない。時間と温度の記録はあるが、それ以上 の情報はない。この反応物の状態を何らかの方法でおおよそ確認しないと、追 加の触媒を添加するべきか、どれくらいの速度で減圧にして反応を促進するべ きか、全く見当がつかない。 ●かくて、前代未聞ではあったが反応装置の一部からそれまでに縮合反応で出 た生成物の量を抜き取って測ることで想定しようとした。これは、なかなか難 儀だった。機械班、電気班、計装班などのメカニカルスタッフと共に悪戦苦闘 して、窒素置換状態で別の大きな容器に抜き取り、すぐに検査室で原材料の派 生物などを分離し、測定する。そして、おおよその重合度を推定し、追加の触 媒の量を計算する。そして、別の仮配管ラインから触媒を手動で添加して、再 加熱する。この作業を数台繰り返した。 ●そして290度くらいまでゆっくりゆっくり加熱しながら異常な反応が起こっ ていないかを推測しながら、次第に減圧状態に落として、手動で攪拌機を回し ながら吐出のできる一定の粘度まで反応さす。担当のスタッフは、6階建の建 屋の各階に散って、トランシーバーで中央制御室の成岡と連絡を取りながら、 作業をする。3階以上の現場の装置の側は非常に温度が高く、40度以上になっ ている。汗が吹き出し、ゴーグルが曇る。2時間交代で交代勤務班のリーダー クラスがやってくれる。彼らも必死なのだ。 <二度とできない経験をさせてもらった> ●比較的順調に数台の反応装置の復旧が終わり、少し低粘度ながらスリットか らの吐出作業も無事に終了した。さて、最後に残った一番これが難しいだろう という装置の最終工程が残った。さすがに、疲労と緊張は隠せなかったが、こ の装置が無事に吐出できれば完了と言う状態まで持ってこれた。最後の装置の 吐出は、3日目の朝の10時くらいだっただろうか。工場内では、この情報が行 き渡り、工場長以下多くの役職者の方が、心配で作業を見守りに来られた。消 防士がかぶる防火服を着て、さて最後の作業にかかる。 ●吐出用のスリットのボルトをエアインパクトレンチで抜いて、ダイスリット を開け空気に触れる瞬間に発火する危険があった。消火器、消火ホースが多く 集められ、万が一発火したときの体制を整え、リーダー2名と成岡とでゆっく りゆっくりとダイスリットを開ける作業にとりかかる。心の中では、火がつく なよと祈っていた。開けた瞬間に、やはり異常反応で出たガスに引火し、ボヤ 程度の発火はあったが、すぐに消し止めることができた。あとは、茶色に変色 した異常反応のポリマーを、なんとかシート状に取り出すことができた。 ●無事に40分の吐出作業が終わったときは、見学者全員から大きな拍手をして いただいた。3日間の不眠不休の復旧作業がやっと終わった瞬間だった。全身 の力が抜けて、何も考えられない状態だった。2階の工務室の仮眠ベッドに 行って、とりあえず休みたかった。頭を空っぽにしたかった。当時、たばこを 吸っていたので、その一服がなんとおいしかったことか。この貴重な経験は、 のちの人生に非常に大きな自信になった。やはり、リスクを取って挑戦するこ とで、いかに多くのものが得られるかが分かった。二度とできない経験をさせ てもらった。