**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第620回配信分2016年03月14日発行 成岡の40年の社会人生活の軌跡をたどる:その18 〜新しいプロジェクトで現場の代表として頑張る〜 **************************************************** <はじめに> ●先週号では、新しいプロジェクトのメンバーに選ばれたのはよかったが、そ のメンバーたるや高学歴のハイレベルな人たちの集団で、大学を出てから学問 的にさぼっていたツケが一気に露呈してしまった。剛腕のS部長からもきつい 叱責を受け、さあ頑張ろうと思ったが、学問的に錆びついた頭に油を注いで円 滑に稼働さすのは、非常に難しい。また、独身時代と違って結婚もし、子供も 生まれ、まして工場の近くに持ち家を買ったなどという無茶なことをしたの で、私生活でゆっくり勉強する環境にない。 ●独身寮を結婚して出たのはいいが、やはり工場の近くに借家を借り、そこか ら2年して小さな家を買ってしまった。多額の住宅ローンが残り、オイル ショックの後遺症で給料は全然上がらない、ボーナスもまともに出ない。常時 資金欠乏症のような状態でもあったが、付き合いは極めていいほうなので、よ く自宅に高卒の現場の若い連中が飲みに来た。また、現場の作業長さんとも結 構意気投合して、アルコールやそれ以外のアウトドアのお付き合いも多かっ た。どうも、じっくり勉強する環境にない。 ●そもそも大学時代からそうなのだが、同級生の40名クラスの中には、飛びぬ けて賢いやつがいる。成岡も高校の成績はそこそこだったが、どちらかと言え ば努力型なのだ。しかし、大学で出会った賢い連中は、努力型のはるか上を行 く存在だ。この数名の連中には、とてもまともに考えると、歯が立たない。問 題を解くなどという感覚ではなく、直感で分かってしまう。こういう連中が大 学院に残り、研究室に残り、研究者となり、論文を書く。修士、博士というの は、やはり凡人ではなかなか及ばない。 <現場には現場なりのノウハウがある> ●中央研究所から転勤して来た高嶋さんや寺田さんなどは、エリート中のエ リート。化学反応と化学工学の両方がすらすらと理解でき、反応速度の方程式 が頭に浮かび、微分方程式で答えが導かれる。そんな人と今から勝負しても、 所詮勝ち目がない。しかし、当方の強みは、開発現場で鍛えたフットワーク、 設備の理解、機器の操作などオペレーションでは一日の長がある。ビーカーと フラスコの世界と計算式では、どうしても現象が解明できないことが現場には 多い。いくら計算しても、その通りいかない。 ●大規模な製造業の現場に在籍した方なら理解できると思うが、どうしても製 造業には理屈で解明できない不思議なジンクスのような現象がある。例えば、 ある品種のポリマーを1号の系列機械で製造すると、どうも後工程でトラブル が頻発する。ポリエステルの製造工程のトラブルとは、糸を製造する段階でよ く糸切れを起こすことだ。何らかポリマーに原因があるのだが、全く同じ条件 で2号の系列機械で製造すると、ほとんど問題が起こらない。何か微妙な違い があるのだろうが、分からない。 ●同じような現象が各所に存在して、その表面的に表れない違いをうまくコン トロールしながら製品を製造する。こういう製造現場のテクニックや運転ノウ ハウは開発現場で鍛えられた我々の特許のようなものだ。中央研究所で得た学 問的な知見を、いかに製造の現場で活かすのか。またそれを活かした機械の設 計をするのか、システムをどう組むのか、何をパラメタにして製品の品質をコ ントロールするのか。最終的には、理論と学問と現場の経験とをミックスし て、そのノウハウを入れた設備を造らないといけない。 <素直に教えてもらうことに> ●また機械がいくら設計図通りにできても、大型のそれこそ日産100トン以上 の製造ラインとなると、運転してみると設計図通りにはいかない箇所が山ほど 出てくる。ほんの数ミリの誤差になったところがデッドストックになり、反応 率が変わる。流量が変化する。温度分布が均一にならない。触媒が均一に分散 しない。攪拌機の流れが変わる。粉体と液体、固体を溶媒に分散させたエマル ジョンなどを連続的に混合させ、反応させて一定の重合度のポリマーを24時間 365日連続的に製造するのは、非常に難しい。 ●しかも、装置の中は簡単には見ることはできない。一度稼働しだすと280度 近い温度のものが、ものすごい流量で流れていく。それを中央制御室で温度、 圧力、流量、回転数などを見ながら自動と手動を使い分けて制御する。確かに 原理原則は中央研究所の成果に基づいているが、これほど大きな装置になる と、少しそれをはみ出す現象が必ず出てくる。これは学問的には解明できな い。ここに来て、俄然現場育ちのメンバーの経験と発言が大きな意味を持つよ うになってきた。どうも学問的には勝てそうにないが、まあ、いいかと。 ●その代わり、学問的に分からないところは徹底して教えてもらった。知った かぶりもできないくらいレベル感が違うのであっさり降参して教えてもらった ほうが賢い。そのことに気づいてから、随分と気が楽になった。基礎的な勉強 は相当やり直したが、麻雀の点数の計算はできても、微分方程式をすらすら解 くのは難しい。ならば、得意なところで勝負すればいい。そうしたので、現場 のことは任せなさいとう感覚で接することにした。さあ、それから俄然プロ ジェクトが佳境に入って来た。 <いよいよ試運転に> ●理論計算に基づき設計を行い、メーカーに発注して真新しい製造装置が搬入 され、毎日どこかで大きな装置の据え付けが行われる。反応装置と言っても、 結構巨大なので据え付けには10トンクレーン車で吊りあげて据え付ける。とび 職の職人さんが10名くらい、それこそ飛び回り現場は活況を呈する。近くに作 業員の作業小屋ができる。そして主要な機器がセットされたら、次は周辺の ユーテリティの配管工事が始まる。ここら辺りから我々現場の開発班の主戦場 が始まる。工事の進捗に合わせて現場の図面を作る作業がある。 ●ユーテリティとは、冷却水、工程水、窒素、圧縮空気、熱媒、高圧蒸気、中 圧蒸気、低圧蒸気、熱水、消火用の二酸化炭素などだ。これらが200m以上離れ た動力エリアから長いメイン配管を伝ってやってくる。どこで、どう枝分かれ して、どこにどんなバルブが入っているのか。いちいち全部書き留めておかな いと、あとで保温材で巻いてしまうと、もう分からない。また、原料や材料、 液体や粉体などが流れる配管やルートもきちんと書き留めておく。また、どこ に温度計や流量計が入っているのかも非常に重要なのだ。 ●日中は業者の方が現場で溶接などの危険作業をしていることが多いから、な かなか日中はうろうろしにくい。17時くらいに現場の作業が終わってから、そ の日の作業の図面を現場で確認しに行く。そしてスケッチして持ち帰り、ト レーシングペーパーに鉛筆で線を引く。いまならCADCAMで一発でできるのだろ うが、当時はそんなものはなかった。人海戦術で手書きとの格闘だった。しか し、これを完璧にやったので、あとのオペレーションの時に非常に役立った。 すべて頭に入っているので、トラブルにもすぐに対処できた。そして、いよい よ試運転が始まった。ぞくぞくするくらいハイになった。