**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第631回配信分2016年05月30日発行 成岡の40年の社会人生活の軌跡をたどる:その29 〜移籍した中小企業で経験したシリーズ:大型企画の市場調査〜 **************************************************** <はじめに> ●営業、販売部門の人材採用を中途採用から新卒採用に変えるという大英断が 下された、昭和60年の夏。その後の経過や顛末は後日に譲るとして、その理由 を書かないといけない。その理由とは、翌年昭和61年の04月から発売される大 型企画の存在があった。この大型企画には、市場調査の段階から、成岡が深く 関わりその企画の決定と内容に責任を持たないといけないという、お家の事情 があったからだ。この「大型企画」というビジネスに関して、少し解説するこ とにする。企画の決定までの過程がいろいろとある。 ●大型企画とは、専門書の大系企画でオリジナルで制作するとなると、製造原 価の総額で2億円ほどかかる大きな企画をいう。総制作部数は2000部。定価で 20万円とすると、原価が50%で総製作費は2億円になる。ページ数で1冊300 ページで20冊だから、6000ページ。全部一度にはできないので、実際の執筆か ら制作まで、ざっと2年間かかる大型企画を言う。全部できるまで待っている と、資金繰りが大変だから、おおよそ2〜3冊できた段階で発売開始にかか る。完結した時点で初版を完売することが求められる。 ●これだけの大きなプロジェクトになると、失敗は許されない。当時の出版社 の資金的な体力からすると、ほとんどの企画が初版は最低完売しないといけな い。しかし、専門家への専門書なので、市場=読者対象は限られている。一般 的な百科事典ではないから、市場が狭い、小さい分野では、取りこぼしは許さ れない。かなりリスクの高いプロジェクトだから、実際の企画の決定には相当 慎重に市場調査をしないといけない。この大型企画の市場調査が、成岡が担当 責任者の社長室の、もうひとつの大きなミッションだった。 <1企画総製作費2億円のプロジェクト> ●実は、成岡が転職して入社する昭和59年以前の10年間くらい前から、この大 型企画のプロジェクトがいくつか事業化されていた。当初は、当時の会社で過 去の知見やノウハウのある分野の企画が多かったので、「外れ」はほとんどな かった。しかし、新しい分野の企画ではなかなか市場の特性がわからないの で、当たり外れが多く出現した。企画によっては、初版部数の半分くらいしか 販売できない企画が出たり、最終的には売れたが発売当初非常に苦労した企画 が相次いだ。そのため、企画が検討された段階で市場調査が必要とのことに なった。 ●大型企画のネタは、いろいろなところから出てくる。自社内の編集部からの ものもあれば、外部からの持ち込みや、海外出版社からの売り込み分もある。 大手印刷会社との提携企画もある。当初はA4で5枚くらいの企画書しかない。 このA4の5枚くらいの企画書が実現すると制作費で初版で2億円、売上で4億 円くらいのビジネスになる。それを、当初のA4で5枚くらいの企画書で判断せ よというのは、いかなこと難しい。よって、この企画書をベースに市場調査を するための資料を作成することになる。 ●当時、昭和60年くらいはパソコンもない。ワープロが徐々に出だしたくらい だったか。市場調査の資料といっても、ほとんど手書きで、コピーを張り付け たりして、なんとか人に見せられるものに仕上げる。調査対象は、想定される 読者である専門家。その専門家の個人や団体の人に個別に面談してヒアリング する。アンケートを郵送するなどという陳腐な方法はいっさいとらず、全部自 分が実際に出て行って、面談して、その感性で感じるところが重要なのだ。2 億円のプロジェクトだから、妥協は許されない。非常にテンションの高くなる 仕事だ。 <いきなり大本命には行かない> ●当時はインターネットなどという便利なものもないし、パソコンで検索する などという洒落たこともできない。関係した参考資料がある施設、それはたい てい官公庁か図書館、業界団体の本部などになるのだが、そこに出かけて参考 になる資料を探しに行く。当然、京都では図書館はあるものの、蔵書の中身で は圧倒的に東京の国会図書館や都立の図書館には及ばない。また、業界団体の 本部や所轄の官公庁はほとんどが東京にある。中途採用のスケジュールの合間 を縫って、よく東京に出かけた。 ●まずは企画書を補完しないといけない。A4の5枚くらいの資料には、企画の 趣旨、企画の背景、想定される目次、章立て、執筆者の候補、対象となる市場 や規模、人数、完成までのスケジュール、総費用、想定される定価などが書い てある。まず、この企画を実際に企画した本人や担当部署、会社に出向いて詳 細を聞き取ることになる。会議で聞いていたのと、実際の本人に面談してヒア リングすると、結構細かいところでいろいろと書いてあることと、本音に違い がある。まず、そこを補完して市場調査に持参できるレベルの資料を作る。 ●この作業工程で、いろいろと企画書の変更、修正、改定が行われることが多 い。そして、とりあえずの資料を作って、まず大本命の市場団体に行くまえ に、予備調査を行う。知り合いやいろいろな人脈、ツテをたどってあまり重要 なポジションではない人に軽くヒアリングに行く。いきなり大本命の重たいと ころのドアをノックしてしまい、大本命の人に真正面に不完全な企画書で当た るほど怖いことはない。まず、当方に予備知識がまだ不足しているから、それ を補完する意味でも、多少遠回りでも周辺からアプローチする。 <多くはやらないという結論になる> ●気楽に聞ける対象者数名に当たってから、その中で自分の感性で感じられる 部分を修正し、削除したり伏せたりする部分を確定する。想定される価格は企 画書には書かずに、口頭で面談する際に申し上げる。そして、都立の図書館や 霞が関の官公庁の資料室、官報などを取り扱う書店などで入手できる限りの資 料に当たってから、少し本命に近いところにアプローチをかけアポイントを取 る。いきなり電話がまずいことも多いので、会社案内などを郵送し、到着して 数日後に電話をかける。しかし、なかなかうまくいかない。 ●聞いたことも見たこともない京都の田舎の出版社から、いきなり電話がか かっても、相手もそう簡単にアポをくれない。特に、霞が関の本庁のお役人に 会おうと思うと、よほどの紹介やルートがないと難しい。かくて、何か縁はな いかといろいろな名簿を当たったり、同窓会名簿を調べてみる。それでもなか なかないときは、いきなりアポなしで一度面談に出向く。当然相手は不在が多 いので、窓口に用件を伝えて名刺を置いてくる。専門書の出版社というのは、 こういうときは便利なのだ。物売りではなく、その分野に役に立つ企画を出版 するという大義名分が立つ。 ●この方式でずいぶん突撃取材を試みて、意外とこれが成功した。当時はまだ のんびりした時代なので、本庁の庁舎への出入りも自由だった。さすがに国会 議員会館は入館は厳しかったが、それ以外の役所の本庁庁舎は意外と簡単に入 れた。本庁庁舎の地下の売店には書籍コーナーがあり、なにがしか参考になる 資料がある。とにかく、1企画で2億円の投資だからことは重大だ。やる、や らない、やるならこう変える。この3つの結論しかありえない。そう思うと、 ひしひしとミッションの重大さにプレッシャーがかかる。多くの企画は「やら ない」という結論が出てしまう。