**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第649回配信分2016年10月03日発行 成岡の40年の社会人生活の軌跡をたどる:その47 移籍した中小企業で経験したシリーズ 〜会社の断末魔に手形の回収に走り回る〜 **************************************************** <はじめに> ●いよいよ最終章に向けて動き出したかに見えた出版社だったが、ところがそ うはことは簡単ではなかった。人間も同じだが、最後の最後まで生きる可能性 を考えて、とにかく努力するものだ。それが妥当な、正当な努力なら理解でき るが、こういう土壇場になると、通常では想像できないことが起こる。それ も、当事者は真剣で、やっているときはそれがどれくらいおかしいことか、非 常識なことか、わかっていない。しかし、時間をかせいだり、最後の一縷の可 能性にかけて必死なのだ。あとになってみると滑稽だが。 ●まず、発行していた手形が問題になる。俗にいう支払手形だが、通常90日ま たは120日くらいで振り出される。つまり、手形を発行してから、3か月や4 か月後に現金化される。一度、振り出されると相手に渡ってから、現金化され るまで保有されている場合はいいが、通常必ずしもそうではない。いろいろな 使い道に用いられ、市場に出回ってしまう。そして、手形の期日に金融機関に 持ち込まれ、現金化される。発行元の企業の当座口座に、その手形に相当する 預金がないと、手形が落ちない。不渡りになり、大変なことになる。 ●支払手形は、麻薬と同じで、一時期の痛みを緩和はするが、それは一時期で あって、一度発行するとずっと手形の落ちる期日に現金を用意しないといけな い。2回不渡りを起こすと、金融機関との間で取引停止処分をくらう。つま り、倒産の事態に至る。2回だが、1回不渡りを出しただけでも、相当な信用 不安を起こす。だから、支払手形を発行すると、どんな事態になっても期日に 手形を落とさないといけない。時限爆弾や地雷みたいなもので、一時期の麻薬 の効果に期待して、発行してしまう。非常に恐ろしい。 <毎月後半は手形と格闘する> ●当時の同朋舎出版は、非常に多額の手形を切っていた。その額、数億円。年 商が100億円だから、支払いの金額も半端ではない。この。毎月毎月の支払手 形を落とすために現金を用意するのが、経理財務部門の最大のミッションにな る。ところが、最後の最後になると、この手形を落とすのに大変な努力が要 る。そして、とうとう発行した手形が、どうも今月の期日に落とせない可能性 が出てくる。そうなると不渡りになり、突然死を迎えることになる。つまり、 手形の不渡りによる倒産になる。 ●不渡りの倒産は非常に不幸な状態になる。急な倒産になるので、準備ができ ていない。突然の交通事故による急死のようなことになり、混乱は避けられな い。だから、手形の不渡りだけは何としても避けないといけない。最後の頃 は、毎月毎月、この手形と格闘していた。だいたい、20日か25日が手形の落ち 日というのが相場だ。つまり、毎月の後半は、この支払手形をいかに資金繰り をして乗り越えるるかということに、全力で取り組むことになる。当然、現金 で支払うものは先送りする。役員報酬などは、当然後回しになる。 ●しかし、いかに努力してもないものはないときがある。最後の数年間は、本 当に何とか毎月しのいでいたというのが、本当の姿だった。薄氷の思いで、な んとか月末を乗り切った。25日には社員の給料を支払わないといけない。300 名の社員の給与も半端な金額ではない。平均30万円としても、9000万円の現金 を、毎月20日くらいには口座に用意しないといけない。給与支払い日の4営業 日前に金融機関の口座にその金額がないと給与振り込みができない。給与が遅 配になると、一気に社員に動揺が広がる。 <明日朝一番に新幹線で東京に出向く> ●この、支払手形と給与の日程が、おおよそ重なる。毎月10日くらいから経理 部門はぴりぴりしてくる。入金の予定をチェックして、1円でも多く回収しよ うと努力する。ところが、ことはそう簡単ではない。この時期、一生に一度と いう体験をした。大手仕入れ先に振り出していた高額の手形が、どうも期日に 落とせないということが明らかになった。もう、あと数日という段階で、どう も危ないということになった。振り出した手形を回収し、期日を伸ばしてもら うしかない。しかし、そんなことは簡単に頼めない。一気に業界に信用不安説 が流れる。 ●とにかく、振り出した手形を一時期回収するしかない。相手先は、超一流企 業だから、おそらく自社で手形を保有しているはずだ。電話で依頼するのはま ずいから、責任あるものが先方に出向いて、事情を説明し、回収してくること になった。そのお役目が回ってきた。突然、社長室に呼ばれて、経理の責任者 も同席し、手形の回収を頼まれた。これに失敗すると、一気に事態が最終幕に 行ってしまう可能性がある。相手の企業の経理部門は、東京だ。とにかく、明 日の朝一番の新幹線で出向いて、回収してきてくれとのお役目だ。 ●当時、これがどれくらい厳しい役目かというのは、あまりぴんとこなかっ た。とにかく、朝一番に行って、先方企業に9時に行って、経理の責任者に頼 んで来いということになった。理由は正直には言えない。そこは、成岡も当時 役員だったから役員の責任で何とかして来てくれというのが、オーダーだっ た。当時あまり事情がよく呑み込めていなかったので、二つ返事で引き受け た。とにかく、お家の一大事なのだ。どうこう理屈を言っている暇はない。個 人の実印など、当日持参するものを指示されて、翌朝朝一番の新幹線に飛び 乗った。 <回収はできたが無駄な努力に終わる> ●東京までの2時間半は長いような、短いような。東京駅から、地下鉄を乗り 継いで、ぴったり9時に先方の企業に着いた。超一流企業なので、当然受付で チェックが入る。誰に会いに来たのか、アポイントは取ってあるのかなど、ま ず受付の関門で引っかかる。先方の経理の責任者の名前すらわからない。用件 は正直に言えない。何とか受付を突破して、経理の部屋に通されてからが、大 変だった。あまり明確には覚えていないが、経理の責任者に面談し、手形を回 収させてもらえないと大変な事態になると脅かした。 ●初めは冗談半分のような態度だった先方も、こちらの緊迫切迫した態度に気 が付いたのだろう。回収に同意してくれたのはいいが、その手形は既に金融機 関へ持ち込まれていた。今日の夕方までに回収できるかはわからないと言われ た。ごもっともだが、ここで引きさ下がるわけにはいかないので、何時間待っ てもいいから、今日持って帰りたいと、本当に真剣な顔で言い放った。相手 も、これは大変だとなって、対応してくれることになった。別室の狭い部屋で 待つこと数時間。これほど長い数時間は一生に一度だっただろう。 ●午後の2時くらいになっただろう。先方の経理の担当者と一緒に金融機関に 出向き、回収した手形を受け取り、その後公証人役場に出向いて公正証書なる ものの作成に立ち会わされた。それうがどういう意味があり、なぜそれが必要 なのかは、当時全く分からなかったが、とにかく問題の数億円の手形が回収で きた安堵感で、全身の力が抜けた。帰りの新幹線で、泥のように眠り込んだこ とだけは覚えている。こういう努力もすべて無駄になり、しばらくあとに最後 を迎えることになる。結局、最後の断末魔になると、これが仕事だと錯覚して いた。無駄な努力だった。