**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第696回配信分2017年08月28日発行 円滑な事業引継ぎに向けて7回シリーズ第1回 事業を譲渡する側が心がけること:その1 〜日ごろから事業の中味を良くしておく〜 **************************************************** <はじめに> ●今回から、「事業引継ぎ」というキーワードをテーマに少し書いてみようと 思う。「事業承継」は、一族同族親族や従業員や役員への事業のバトンタッチ を指すと、我々は定義している。つまり、事業承継とは身近な周囲の人へのバ トンタッチである。従業員や役員でも、一族同族ではない場合、確かに細かく 言えば大変なところはあるが、それでも日ごろの身近な関係者になる。「事業 引継ぎ」は、日ごろ縁のない第三者への引継ぎであり、承継ではない。言葉は 少ししか違わないが、内容は雲泥の差がある。 ●事業引継ぎになるケースは、「後継者が親族、社内にいない」場合で、「事 業価値がある」ケースだ。「後継者が社内にいない」のは、誰が見ても分かり やすい。問題は「事業価値がある」か「ないか」という点に集約される。何が 「ある」と判断でき、何が「ない」と判断できるのか。誰が判断するのか。そ れは客観的に正しいか。どういう数字をベースに判断するのか。いろいろと考 えると、結構難しい。常識的には、一応決算書に基づいて数字で証明すること になるが、中小企業の決算書は必ずしも正しいとは限らない。まして、個人事 業ならなおさらだ。 ●個人事業なら、青色申告書を見せていただいて判断することになる。しか し、申告書は売上と費用はそれなりにきちんと書いてはあるが、資産と負債は 結構アバウトの場合が多い。法人なら比較的精査されているが、青色申告書の 場合は必ずしも正確に現実を反映しているとは限らない。むしろ、正確に反映 していないケースの方が多い。特に、資産の内容で、原材料や製品商品の在庫 が棚卸資産で書かれているが、果たして本当にその数字のものがあるのか、疑 わしい場合が多い。建物、機械などの固定資産も同様に正しいか。 <決算書や申告書は実態を正確に反映していない> ●法人の場合は決算書という絶対的に正しいとされる数字の証拠があるので、 一応はそれを基準に考える。代表者が決算書を作成しているケースもあるが、 ほとんどは一定の費用を払って税理士さん、会計士さんに作成を依頼してい る。しかし、これも百社百様で、非常にこと細かく税理士さんに依頼されてい る場合もあれば、数字はほとんど会社側が提出し、記帳だけを税理士事務所が 担当している場合もある。どれくらい、会社の事業の実態を反映しているの か。結構、悩ましい場合が多い。なかなか、実態を正確に反映している場合は 少ない。 ●同族一族や、従業員や非同族の役員に承継する場合は、社内の関係者なので 少々数字が実態を表していない場合でも、そこは非常に近い人たちなので、数 字はこうだけど実態はこうだという判断が共有されている。在庫の数字が少々 現実と乖離があっても、毎日毎日顔を合わしている関係者だから、実態はほぼ 正確に把握している。たまにしか来ない税理士事務所の担当者とはわけが違 う。試算表の数字より、関係者の頭に刷り込まれている実態の方が現実を表し ている。それくらい、承継の場合は比較的わかりやすい。 ●ところが、外部の組織、法人、会社、個人に、全く別の企業や事業を一定の 評価金額で譲渡するとなると、考えてみればこれは非常にやっかいだ。本当に 正しい数字は何か。土地の評価はいくらか。棚卸資産、特に原材料や製品商品 の在庫価格はいくらか。それは、果たして使えるのか。売掛金は、全部回収で きるのか。未収金はどうか。結構、いろいろな科目にいろいろな数字が散ら ばっていて、ひとつひとつ正しいかどうかを検証しないと正確な資産の数字は 出てこない。それも、チェックした時点の数字だ。時間が経過したら、また変 わる。 <将来生み出す収益を予想する> ●右側の負債はあまり現実と違わないが、隠れ借金のような未計上のマイナス 材料もある。退職金の積み立て不足などは、その典型的な例だ。高齢の社員さ んが多くいれば、あと数年以内に多額の退職金を支払わないといけない。中小 企業退職金共済事業団、略称中退金という組織に一定の金額を毎月支払って、 相当な金額の積立金がある。しかし、社内の規定では30年勤務の社員の場合 は、かくかくしかじかの金額になる。もし、仮に外部での積立金が足りない場 合には、会社が補填する必要がある。当然、負債になる。 ●そういう表面上に出てこない負債というのは、実は現実には結構ある。隠れ 借金のようなものだが、これも正確に数字を算定するとなると、結構やっかい だ。こういう場面では、会計士さんに登場いただいて、資産と負債を精査す る。しかし、中小零細企業だとこの資産と負債の査定にも、相当のエネルギー が要る。必要な証拠書類がなかったり、在庫が分散していたり、リースの契約 書がどこにあるか分からなかったりで、これにも結構時間がかかる。数日で終 わると思っていたら、延々と時間がかかった例もある。 ●そして、最後は代表者への聞き取り作業が待っている。現在はこうだかが、 今後の見通しはこうなりそうだという将来の収益予想が必要になる。企業を一 定の価格で引き継ぐとなると、過去の部分から計算される実態の数字と、未来 の数年分の収益予想から計算される数字とを加算したものが企業価値になる。 ここで、赤字や黒字が激しく出入りしている企業だと、本当の実力はどうなの かを計算しないといけない。しかし、これがなかなか難しい。たまたまのこと も多いし、為替の変動や特異な理由で収益が大きく動く場合がある。 <最後の最後でもめることが多い> ●ことほど左様に、違う会社、特に中小企業の事業価値をいくらと計算するの かは、結構やっかいだ。一応、概略の決まった方程式はあるが、それが果たし てこの企業にもあてはまるのか、どうかは個別の判断になってくる。上場企業 のように、株式市場に株が上場され取引が行われていれば、一定の世間の評価 が出ている。高いか安いかは別にして、一応株の取引相場がある。しかし、中 小企業にはこれがないから、計算上の数字を出すしかない。当然、譲り受ける 方は安いのが有難い。渡す方は、高いのがいいに決まっている。 ●最後の最後で調整が難航するケースが多い。最悪、金額で折り合いがつかな い場合もある。純資産の数字は、負債を反映しているから、借入金が多いと当 然純資産は小さい。最悪、債務超過になっていると純資産はマイナスだから、 その部分の株価はゼロになる。ただ同然になり、譲り渡す方は、なんとなく釈 然としない。永年、汗水流して続けてきた自分で創業した事業が、純資産がゼ ロ円ですと言われても、納得できない。まして、ここ数年業績が悪いと加算す るのれん代も少ない。企業価値が非常に小さいケースも多い。 ●そういうケースは、譲り渡す側の代表者が、最後まで釈然としないまま、こ とが進行し、いよいよ最後の段階で、不成立となるケースが多い。また、急に 純資産を増やしたり、業績を良くしようとしても、時間がかかる。決算書は、 年に1回しか作成しないから、直近の決算書の数字が悪いと、それが基準に なってしまう。そうなると、非常に企業価値が毀損した数字しか出てこない。 こと、ここに及んで愕然とする。常日頃から、自社の企業価値をどう高めれば いいのか。それをしっかりやってきた企業と、脳天気で過ごしてきた企業と の、明確な差が出る。事業引継ぎとは、そういうものだ。