**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第778回配信分2019年03月25日発行 京都の老舗の家憲や家訓から学ぶシリーズ:第4回 正直と精勤 **************************************************** <はじめに> ・京都の老舗家訓シリーズの第4回は「正直と精勤」。家の継承、家の永久相 続のためには石田梅岩曰く金銀財宝はあくまでも生活のための手段であり、そ れが大事なものではない。貴いものは心の正しいあり方であると説いている。 私心なくして無心にして、自ずから仁義の行われる境地に達し、このような道 徳の根本を「正直」の一言に凝縮した。商人の道も、またこの正直の徳以外に ないと考えた。何よりも商売を継続するには、正直な心を持つことが最も肝心 で肝要であると書いている。 ・正直の心は倹約につながる。「人は生まれながらの正直の心に立ち返るな ら、おのずから倹約になり、正直な心の発露として行われる倹約こそ、真の倹 約であり、私心私欲なくあるべき心から行われるところに倹約の本質がある」 と説いている。なかなか、こういう心境に至るのは難しいが、正直に商いを継 続することは、最終的に倹約の境地に至るとしている。果たしてそうかとは思 うが、これが江戸時代に書かれた言葉だと思えば、納得もいく。当時は、士農 工商の身分制度で商人は最下層の身分だったのだ。 ・不実の商いを排して、「売りて仕合せ、買いての幸せこそが商いの本質」で あり、「道に背いた才智発明、道ならぬ金銀は皆これ非ず」として、正直正路 の徳を称え、「他人に隠すことをするする者は、一銭、二銭、五厘、一厘のこ とにても不義の類なり」とある。石田梅岩は、「一升の水に一滴の油が入ると きは、その一升の水の一面に油を見る。この水役に立たず。売買の利もこの如 く。百目の不義の金が、九百目の金を皆不義の金とするなり。油一滴により、 子孫の滅びゆくことを知らざる者多し」とある。 <正直は信用の原点> ・正直正路の渡世は、一方において無理をしないことを要請する。某儒学者は 「仁義礼智」を説いて、「無理なきは仁という。無理せぬを義という。無理の ならぬを礼という。無理を知るを智という」と説いている。すなわち、無理な 所業をしないことが家の永続にとって極めて重要な要件であり、無理をいい、 無理なことをすることは「毒薬剣などにて家を作りたるがごとし。朽ちるを待 たずして住めるべきとも見えず」として、無理を家督相続の毒薬剣として極力 排除し、正直正路の暮らし方を奨励した。 ・そこから、私利私欲、大欲に負けないことが要求され、「欲深きものは皆身 上持たざるもの」として、欲の少なきをもって家の継承における必要条件のひ とつに定義している。このような正直の精神が家訓の中にどのように位置づけ されているのかを見てみると、向井家の家訓には、「人ノ行ノ最第一ハ神仏ヘ ノ信心正直ナリ。神ハ正直ノ頭ニ宿ラント誓フ(後略)。」矢谷家の家訓に は、「無理に利を貪れば、却って財を失い禍来ることあり」とある。佐竹家の 家訓にも全く同様のことが書かれている。 ・宇佐美松鶴堂の家訓には、「正直五両、思案三両、堪忍四両、分別二両、用 捨一両」とあり、正直が最も価値があると書かれている。正直は商売において は、信用を得る最も重要な要素であり、信用を正直を貫いて築くのは容易なこ とではない。また、相応の時間がかかり先代が脈々と築き上げてきたものを、 自分の代で壊すのは一瞬だ。それを回避するためにも、毎日毎日を正直に生き ることを勧め、無理を戒めている。なかなか、そうはいかないものだが先祖 代々伝わる家訓に書かれていると、背くわけにはいかない。 <朝は早く起きること> ・精勤に関しては、昔は学校の3学期の終業式で「精勤賞」なる表彰があっ た。このひとつうえは皆勤賞であり、精勤賞は1回くらいの欠席だったように 記憶している。いずれにしても、身体が丈夫で病気をせずに、毎日毎日朝早く 起きてきちんとした生活を送らないと、皆勤、精勤にはならない。いまだに、 古い会社では精勤手当という手当を出している会社もある。どういう条件に当 てはまったら精勤手当が支給されるのか分からないが、おそらくほとんど欠勤 せずに真面目に休まず、こつこつ働いてくれる従業員ではないか。 ・宇佐美松鶴堂の家訓に、「苦は楽の種、楽は苦のたねと知るべし。朝寝する べからず、話しの長座すべからず。」とある。外村与左衛門の謹言には、「人 ハ一代、名ハ末代、家ヲ保ツ道ハ勤ト倹ニアリ(中略)。光陰ハ矢ノ如シ、勉 励ハ幸福ノ母ナリ、富者ニ至ルトモ益々謙退シテ人ハ我ヨリ賢キ者ト思フベシ (後略)。」と書かれている。千吉家の家訓には、「専ら働きを求めて一気に 磨り勤むべし。家業第一に勤む心、正直に慎みて勤め行うこと・・・云々」と ある。佐竹伊兵衛家の家訓にも、「兎に角、家業怠らず、(以下略)」ともあ る。 ・これらはいずれも家業に油断なく精を出し、一筋に、一気に勤勉せよと子孫 に教えている。勤勉は幸福の母であり、家業出精こそ、家の相続のための第一 条件だと叫んでいる。井上家の「主人日々心得の事」には、「朝は六時より起 きること」と早起きを奨励している。虎屋黒川家の掟書写には、「毎朝六ツ 時、表店錺(かざり)、掃除等之事」とある。中山人形店の「商人ノ教訓」第 二条には。朝起きと家業精進を規定して、「毎朝早ク店ヲ開キ、店ヲ清掃シ、 商品ヲ整列シ、買客ノ来訪ニ差支ナキ様ニスベシ」とある。 <まずトップが精勤に励むこと> ・おおよそ多くの老舗の家訓に、朝早く起きて家業に励むようにというフレー ズは多い。某家では、季節によって朝起きる時間をすこしずつずらして1時間 単位で規定しているところもある。夜いくら遅くとも、朝起きる時間は自分で 決められる。京都は特に、「門掃き、水やり」という言葉があるように、朝早 く起きて店の前を掃除し、水をまいて、お客を来るのを迎えるという作法を頑 なに毎日毎日実践している企業もある。もっと拡大して、会社の周囲を従業員 が一生懸命清掃作業をしている会社もある。 ・中山人形店の「商人の教則」には、「第4条:在宅シテ店ヲ空ケザル様ニ シ、日常ニ用事ヲ勉メ居ルベシ。(中略)又店頭ニテ無事ニ座スルハ、不勉強 ヲ表スモノナリ。(後略)第5条:閑暇ノ時ニハ空シク座シテ不景気ノ体ヲ示 サンヨリハ、寧ロ己ニ一目吟味ヲ遂ゲテ置キタル商品ヲ取リ出シテ、其ノ分量 ヲ再改シ、其尺寸ヲ再検スベシ。第7条:酒家遊技場ニ出入シ、愚ナル交際ヲ ナスハ、(中略)世間ノ信用ハ必ズ衰フベキモノト知ルベシ」と店頭勤務の具 体的な在り方や、外出を戒め家業に精励すべきと記している。 ・精勤とは真面目に働くことだが、真面目だけで商売が続くものではない。真 面目ななかにも、工夫を施し改善を行い、場合によっては大胆に決断し改革を 行う。環境はどんどん変わるので、その環境の変化に合わせて経営のやり方、 方法も変えていく必要がある。ただし、その前提は真面目に仕事に励むこと だ。まず、トップが模範、見本を示さないといけない。立場が上になればなる ほど、謙虚になり、頭を低くして周囲から多くの情報が集まるようにしないと いけない。まず、精勤に励むこと。これに勝るものはない。