**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第780回配信分2019年04月08日発行 京都の老舗の家憲や家訓から学ぶシリーズ:第6回 分限と倹約 **************************************************** <はじめに> ・京都の老舗家訓シリーズの第6回は「分限と倹約」。「分限」とは、各個人 は何れもその生まれ得た身の上に安んじて暮らすことが大切であり、身の程を 知って分相応に暮らすこと、分限を超えることなく、また分限以下に下がるこ となく、身分相応に暮らすことが肝要であって、これが家名永続の不可欠の要 素であり、老舗共通の哲学でもあった。「うへのみな」の五文字、「みのほど を知れ」の七文字の教訓といって、家名相続の基本として重視された。すなわ ち、徳川家康五字七字のおしえがこれである。 ・「日本封建社会論」を著した桜井氏によると、この分限思想は五項目にわた るという。第一に分限を守ること。各自の生活水準の一定を越えないこと。越 えることは驕りであり、分を過ごすことは煩いがあり、終わりを全うできず、 人に憎まれ、支出が過度になる。第二にこの思想は、分以下に生活することも 認めない。分以下に下がる生活は逆に卑屈な精神を生む。第三に、分を越えず 分より下がらず、分相応の生活を営むことを理想とする。第四にこの分限で は、倹約とケチとは明確に区別される。第五は徳川家康の思想である。 ・福知山向井家の家訓には、「家に分限あり、人に分量あり、己に度あり、分 限度に過ぎれば、万事天然凶なり」と分限を過ぎると不幸が生じるとして戒め ている。己の身の分限については、「言(ことば)を多くすることなかれ、言 多ければ敗れ多し。事を多くすることなかれ、事多ければ患(うれい)多し。 事を分限より控えめになすときは、傷(そこなふ)こと少なし」とあり、「上 みれば 望むことのみ 多かりき 笠着て暮らせ 己が心に」という31文字の 有名な短歌が書かれている。 <分限はわきまえる> ・矢谷家の家訓には、「家の主人たる者は、家人の見習うところなれば、先ず その身正しく慎みて、家内を善に導くべし」と、主人たる者は分限をわきま え、身を修めることの大切さを説いている。西村彦兵衛家の場合は、「下りた ること、世間一通り、身分相応のすべきことを無理に滅するは悪しく、身分に 過ぎたることをせぬよう第一の心得なり」とある。身分以上も、身分以下もよ ろしくない。家名相続や長久を願う者にとっては、士農工商の身分制度の中で 封建社会の町人商人階級の者として、この分限を守ることが大事であった。 ・翻って、現代の我々の企業経営ではどうだろうか。過剰の節約もよくない が、過剰の投資もよくない。身分不相応の設備投資は、必ずしっぺがえしが来 るだろう。積極的と身分以上とはどこがどう違うのかは難しいが、あまり異常 に多くの投資を一時にするのは非常にリスクが高い。しかし、投資にはタイミ ングというものがある。いま、これをしないとチャンスが巡って来ないという 案件もある。資金は乏しいが借入ができるいまのいまがチャンスという判断も 間違いではない。トップに私心がなければいい。 ・華美贅沢と質素倹約のどちらを取るかは本人次第だが、自分自身の満足を優 先するより、会社の企業のお店の発展成長を願っておカネを使うことは、正し い。往々にしてあるのは、経営者、代表者の驕りの気持ちから来るムダで無意 味なおカネの使い方である。社長の車しかり、華美な本社ビルしかり。世間体 を重んじるばかりに、過大なおカネを使って、結果的にそのおカネが生きずに 死んでいく。それなら、もっと従業員や社員のために投資をしてくれたらどれ くらい会社が良くなっていたか。分限をわきまえるとはそういうことだ。 <倹約とケチは違う> ・次のテーマは「倹約」だ。質素に暮らすことを奨励する家憲、家訓が多く 残っている。その中で、極めて細かく衣食住を定義している。外市商店に残る 「平生節倹之事」には、一日の食事に関して、「朝 かゆ 茶漬け 香之物 昼 麦飯 一汁 香之物 三日目に煮物 精進日 豆腐 夕 茶漬または味噌 雑炊 香之物」という具合に細かい献立表が残っている。粗食を奨励し、華美 な食事を排している。外村与左衛門家も同様に、「朝食はお粥にして生魚を禁 じ、野菜、干物、豆腐類ですますこと」と粗食を奨励している。 ・同家の「追作法」には、来客接待の規定も厳しく書かれている。接待用の酒 は取締役の承認が必要であり、内輪の接待には飯を出さず、客だけをもてなせ とある。かつて京都市小学校校長会が調査した京都人の長所と短所を記載した 報告書には、「長所 質素倹約の風習あり。一般に家政の取締りに注意深し。 小口貯金多し。短所 ケチの傾向あり。過度の粗食に甘んず。金銭を惜しみて 医療を怠る。慈善事業に冷淡」とあり、なんとなく肯定したくなる内容であ る。京都人は細かく、貯蓄心が旺盛である。 ・木村卯兵衛家の「家法定書」には、「倹約専物見遊山無用、道具家立世間よ り二割減、新調家造決して広く致すこと無用」と贅沢を戒めている。さらに、 「道具美品無用、男女共当世流行無用、(中略)羽二重無用、結納荷物世間よ り五割方下成ることを相談の事、以下云々」と全部で七か条の戒めを書き残 し、衣食住全般に華美過度の贅沢を禁じている。西村彦兵衛の家訓には、「成 丈質素に暮し可申事」とある。しかし、過度の倹約がケチにつながり、「吝 嗇」となることのないようにも戒めている。 <代表者自身が倹約しているか> ・我々の経営の現場では、どうだろうか。倹約質素は非常に大事な心構えだ。 無駄を排し、過剰で華美な支出は避けるべきだ。歩いて行けるところをタク シーで行く。時間の節約にはなるが、その節約できた時間を有意義で生産的な ことに使っているか。少し工夫をすれば低料金でできたものが、少しの段取り の悪さと配慮のなさで、不要なコストをかけていないか。企業の規模が大きく なると、どうしても脇が甘くなりがちだ。まあいいかと、鷹揚になって過去か らの質素倹約の企業文化が薄れてしまいがちになる。 ・以前にJALの建て直しを成功させた稲盛さんは、現場へ乗り込んで軍手1枚 を大事にして、また洗って使うという習慣を付けさせた。それには、社員に危 機感を持ってもらうことが大切であり、JALは一度倒産した会社だという意識 を植え付けた。それくらい、少し規模が大きくなったり、有名になったり、世 間でもてはやされたりすると、人間と言う動物は悲しいかな、そちらの方向に メンタルが流されてしまう。新入社員の頃は結構会社の備品を大事に使ってい たが、少し慣れるといい加減になる。そういうものだ。 ・だから、老舗にはそういう風潮を戒める家憲や家訓が残されている。しか し、実行するのは我々だ。まず、トップから率先垂範して倹約の精神を忘れな い。贅沢を排除し、創意と工夫を凝らして少ない投資で最大の効果を挙げるに はどうすればいいかを、とことん考える。この一生懸命トップが考える姿勢を 見せることが大事なのだ。倹約、倹約と叫んでも、行動で見せないといけな い。しかしくれぐれも注意することだ。過剰な倹約は、ケチにつながり企業の 活力を損ねる原因になる。きちっとした考え方で、堂々と倹約し堂々と使うこ とだ。