**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第783回配信分2019年04月29日発行 京都の老舗の家憲や家訓から学ぶシリーズ:第9回 現代版就業規則「店則」 **************************************************** <はじめに> ・京都の老舗家訓シリーズの第9回の最終回は「店則」。家名の相続と長久を 祈願して、時の家長が子孫に遺した家訓の中に、家名と表裏一体の家業の経営 に関していろいろの規定、規則を作って家訓の中に盛り込んでいる。家業経営 の在り方、すなわち取引上の仕方、道徳、家族関係、奉公人関係、人事、店内 の規則、役割、接客心得、販売、仕入、生産、会計、衣食住に関して、細かく 規定している。いまでいう「就業規則」のようなものだ。家業と生活が一体化 していた当時だからこそ、倫理的にもこういうものが必要だったのだろう。 ・要するに家名の永久継続のためには、精神的なものの蓄積と物質的なものの 蓄積が必要なのだ。この両方を確保する目的で規定されたものが家訓であり、 家憲なのだ。物資的なものを確保するための手立てが家業であり、その家業の 経営についての精神的、物質的な在り方、ありようを細々と衣食住の全般にわ たり規定したのが「店則」である。言い換えれば、店則は家業の経営規定に該 当する。家業の形態が、それぞれの店で異なるので、店則も一定ではないが、 いくつかのカテゴリーに集約される。 ・大きく分類すれば、「遵法」「信用」「商才」「倹約」「職分」「団結」の 6つの項目に集約できる。一部の項目は、過去に述べたので、今回は新しく出 て来た「信用」「商才」「職分」「団結」の4つに関して解説する。まず、最 も大切な「信用」。中山人形店では、「信用」を得る手段として、お店の場 所、早起き開店、店の清掃、主人の外出を控えること、店の陳列など、微に入 り細に入りいろいろな事柄を定めている。特に「信用」に関しては、作り上げ るのに気が遠くなるような時間を要し、逆に崩れるのは一瞬なのだと戒めてい る。 <商売の基本を細かく記載> ・さらに「信用」を維持する心得として、店頭の働きかた、誠実に家業に励む こと、顧客の応接の方法、残品の処理の方法、薄利多売の禁止、値引きの戒 め、店員の私語の禁止、仕入れ代金の支払い、売掛金の消込など、商売の基本 を規定し、特に従業員の教育にこのような規則を用いて繰り返し説いている。 いずれにしても、これらを代々伝えて継続し、ブラッシュアップし、部分的に 時代に応じて改定し、とにかく信用を維持することを第一に、家名の継続には この「信用」を築くこと、守ること、維持することを規定している。 ・「商才」に関しては、井原西鶴が「商売に油断なく、弁舌、知恵、才覚、算 用たけて」と書いており、単純な商いではなくやはり商売には「商才」すなわ ち才能が必要だと言っている。誰にも商才があるわけではなく、そのためには 学問を修め、研究も行い、とにかく家業商売の発展と成長に邁進することを説 いている。外村与左衛門家の「心得書」には、特に商品の仕入れに対して目利 き力が必要であるとし、不用品で在庫にならないような仕入が重要だとしてい る。現代にも十分通じるビジネスのキーワードだ。 ・「職分」というのは、今でいう「信賞必罰」のこと。罰より、むしろ昇格昇 進の規定を定めるところが多く、木村卯兵衛家の「家法定書」には、店員でも 精勤者は場合によっては相続人として取り上げたり、のれん分けを許す規定が 書かれている。特に後継者がいないお店の場合は、従業員の最優秀者が当主を 名乗ることも大いにあって、第何代当主となっているので、当然息子さんだと 思って言ったら、いや自分は番頭の身分から取り立ててもらったのだと言われ たこともある。意外と老舗であるが故の柔軟さが必要なのだ。 <老舗は幾多の困難を乗り越えて来た> ・最後の「団結」に関しての記述には、出てくるキーワードとして「主家中心 主義」「協力奉公の心得」「信仰・寄進の生活」「和合第一主義」「慈悲・恩 愛の心得」などがかかれており、主人、従業員が一致団結して家業の継続発展 にこころを砕くように説いている。老舗は代々継続してきたお店であり、その 間には天変地異、経済環境の激変、政治制度の急変、明治維新など社会体制の 変革、戦争など幾多の困難を乗り越えて、ビジネスを継続してきた。京都で は、特に明治天皇が東京に行ってしまわれたことが、非常に大きかった。 ・しかし、それを乗り越えて、さらに社業を発展させ、今日に至り100年以上 の業を営んできた京都の老舗が2000以上は存在する。残念ながら、その間に継 続ができなくて、廃業、破産、清算に至った企業も多くある。あるいは、他社 と合併してその企業名が世の中からなくなった企業もある。あるいは、社名は 従来のままだがやっているビジネスは似ても似つかないビジネスに様変わりし た企業もある。それも、会社の意思で変わった企業もあれば、得意先や社会環 境の変化で、やむにやまれず変わらざるを得なかった企業もある。 ・「商人生業鑑」には、「名ある町人、二代三代にて家を潰し、跡形なくなり 行くこと、眼前に知るところなり」と、いみじくも書いてある。江戸時代の川 柳に、「売り家と 唐様に書く 三代目」というのがあり、三代目は遊び惚け て字は達者にかけるが、家を売るほどに家業を潰すという川柳だ。三代目とな ると、創業の祖父の苦労した時代を知らない。知らないし、生まれたときから 家業があり、会社がある。不自由なく少年時代を甘やかされて育てられ、苦労 を知らない。そんな三代目が承継すると、家業を潰すことが多い。 <目的は変化しながらの事業の継続> ・この約3か月間、京都の老舗の家憲や家訓を紐解いてきた。古臭い表現も随 所にあったが、核心はひとつ、事業の継続なのだ。ただ、単に続けるだけでは 意味がない。時代の変化を先読みし、時代の変化をうまく吸収しながらビジネ スの形態を変化させていくことが大事なのだ。そのために、守るべきことを明 確に定め、やらないことも明確に記述し、毎日に心構えを説き、先祖を敬い、 質素な生活を目指して、日々精進し努力することを奨励している。そんな仙人 みたいな生活はできないと言われるなら、経営者失格だろう。 ・100年以上継続している、できている会社や企業には、それなりの理由があ る。漫然とやっていて、100年以上続くことはあり得ない。人には見えない、 分からないところで、普段の努力を惜しまない。いや、本人たちは努力してい るとは思っていない。それが、当然であり、当たり前なのだ。頑張ると肩に力 が入って、良くない。力むと真っすぐ飛ばないのは、ゴルフだけではない。続 くために変わり続けることが必要だ。少しの変化でもいいので、昨日より今日 は、何かしら改善されて、良くなっている。成長とはそういうものだ。 ・以前にも書いたが、とらや黒川家の有名なフレーズに、「経営は革新の連 続」というのがある。まさに、続くためには変わり続けないといけないのだ。 どうやって変わっていくかを考えるのが、当主であり代表であり、社長である 者の務めだ。現場で汗を流すのも悪くないが、未来を考えるのがトップのミッ ションだ。意外とそういうことを、第一に掲げている社長は少ない。やはり、 目先の売上にフォーカスし、明日よりも今日のことを大事にしている。老舗の 家訓、家憲には継続する秘訣が満載だ。いま一度、復習することが大事だ。