**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第811回配信分2019年11月11日発行 事業承継のいろいろなパターンを検証するシリーズ第14回 〜借入に対する代表者の個人保証〜 **************************************************** <はじめに> ・中小企業の事業承継の現場で、実際の案件を進めていくと大きな障害になる ことのひとつが、この「借入金の個人保証」の問題がある。住宅ローンしか借 りたことのない人には分からないが、中小企業を経営していこうと思うと金融 機関から借入をすることは、ほとんど避けては通れない。現在無借金という企 業でも、創業当初は金融機関から一定の金額を借りていたはずだ。創業の際に は資本金というおカネがあるが、この資本金は事業の立ち上げ、成長のために 使うものであり、特に創業直後は資本金を食いつぶすことが多い。 ・あっという間に資本金がどんどんなくなっていく。恐ろしいくらいのスピー ドでおカネがなくなっていく。結構あったと思っていた資本金が、一瞬で大き く減っていくのは、通帳を記帳しにいく都度感じる。喫水線を大きく切って、 危険ゾーンに入りそうなので金融機関に運転資金の融資を申し込みにいく。創 業後のイメージが大きく外れて、創業計画書に書いていたのと、大きくかい離 がある。理由はよく分からない。見込み違いといえばそれまでだが、相当の見 込み違いが起こっている。こんなはずではなかったと後悔することになる。 ・そういう状態で一定額の借入をするには、個人保証を付けるように金融機関 から依頼がある。依頼というより、強制だ。特に固定資産的なものの担保がな い場合、個人保証を強制的に要求される。当初、個人保証がどういうものかよ く分からないときに、個人保証はおカネを借りるときに必要だと言われて、あ あそうですかと簡単に実印を押した経験がある。あとで、知人に言われて後悔 したが、創業したての頃は恥ずかしいながらその程度の状態だった。事業用資 金を借りた経験がなく、住宅ローンしか借りたことがなかった。 <赤字が続くと外すのは難しい> ・一度個人保証を付けると、外すのはなかなか難しい。個人保証を外す決まっ たルールは特にないので、融資をしている金融機関の判断に委ねられている。 その金融機関も、メガバンクもあれば、地方銀行もある。地方銀行も失礼なが ら格差が大きく、小さな地方銀行もあれば、その府県で断トツのシェアを誇る 一人勝ちの地方銀行もある。信用金庫になると、もっとローカルになり狭い地 域で営業展開している信用金庫もあれば、京都のようにほぼ全地域に近いエリ アをカバーしているビッグな信用金庫もある。他府県に支店を持っている信用 金庫もある。 ・ことほど左様に同じ金融機関と言っても、千差万別。それぞれのお家の事情 があり、全くと言っていいほど同様のルールは当てはまらない。また、支店の 判断と本店の管理部門の判断が異なるケースも多い。その融資に保証協会の保 証が付いているかどうかでも、変わってくる。担保として提供する土地の評価 金額でも違いがある。担保価値は土地の時価の金額で評価するので、事業者の 業績とは無縁のところで決まる。買った値段が簿価であり、現在の価値が時価 なので、簿価が安く時価が高いと「含み益」が相当ある。 ・代表者の個人保証が付いているか、ついていないか。外せるか、外せないか はいろいろな変動要素の複雑な方程式を解かないといけない。一概にこうなっ たら外せる、外せないと定義ができない。一般論で言えば、個人と法人とのお カネの切り分けがきちんとできているか。積極的に情報開示をしているか。業 績がいいか。この3点が大きな判断要素となる。すべてを満足していればおお むね問題はないが、どれかが欠けている場合が多い。一番金融機関が問題視す るのは、最後の業績に関連しての部分だ。赤字が連続していると難しい。 <情報開示も重要> ・1期赤字というケースはよくあるが、2年、3年と赤字が連続している場合 は、保証を外すのは難しい。赤字、黒字を繰り返しているのも、好ましくな い。それと、かなり少額の黒字ですれすれというのも、少しお化粧をして黒字 にしていると思われても仕方ない。正直に、自然体での決算をしているのは、 中小企業では極めて稀だ。何らかの意図的な装飾が施されている場合が多い。 金融機関はそれくらいの目利き力はある。彼らは人の会社の決算書を金融機関 の立場で見ることには慣れている。自分たちで決算書を作ることは慣れてはい ないが。 ・保証を外すあと2つの条件は、そう難しくない。個人のカネと会社のカネの 切り分けをきちんとする。これは個人で使った経費を会社で払うという単純な ものより、一族の非常勤扱いの家族や同族に多額の役員報酬を払っているよう なケースを指す。飲み食いの費用を会社に付け回すことより、働いていない同 族をいかにも常勤のごとく多額の役員報酬を払うケースだ。確信犯で悪質だ。 こういうことが目につく企業で、代表者の個人保証を外すのは難しい。金融機 関はとっくにその辺は見抜いている。いくら誤魔化してもダメだ。 ・積極的な情報開示とは、試算表、決算書などの財務情報をきちんと開示して いるかだ。試算表を改竄する事業者はあまりないように感じるが、決算書を適 当に都合よく改竄する企業はある。以前関係していた企業では、決算書を代表 者がエクセルの表に作り直して、それを金融機関に提出していた。さすがに、 こちらもそれはやめた方がいいと進言したが、なかなか聞いてくれなかった。 棚卸の金額などを少しなぶって、業績を少し良く見えるように書き換えてい た。こういう改竄をすると、その後つじつまを合わすのに苦労する。 <後継者が個人保証を嫌がる> ・現在の代表者が個人保証を余儀なくされている場合、次の後継者も個人保証 を要求されると、かなりここで揉めることになる。まず、後継者が有利子負債 の金額を知らないケース。借金が多くあるとは聞いていたが、こんなに多額に あるとは知らなかった。まして、その借金に個人で保証を付けているとは寝耳 に水だ、と土壇場で長男への親族承継が破談になった事例もある。親父の作っ た借金をどうして息子の自分が背負わないといけないのか。まして、個人保証 を付けるなどとんでもないと、銀行の応接室でけんかになった。 ・このケースは長男が親父の会社を飛び出して、隣の県で別の会社を設立し て、同じような事業を営んでいる。親子でもこのように個人保証で揉めるの に、他人ならなおさらだ。代表者が正月休みの間に、心臓の疾患で急逝した。 正月明けの会社は大混乱になり、多額の借入金に代表者の個人保証が付いてい た。それが判明した途端に実弟の専務が承継を拒否した。とてもそんな借財の 保証はできないと開き直った。結局、従業員で役員だった人が代表者に就任 し、その借財と個人保証を肩代わりした。奥さんはそれを聞いて絶句したらし い。 ・しかし、誰かが背負わないといけない重たい荷物だったので、身内以外の従 業員が背負うことになった。男気があると言えばそれまでだが、ここまでくれ ば開き直って命まで取られないと腹を括ったその人も、ある意味立派だ。中小 企業の事業承継で、この借入に対する個人保証の問題は非常に悩ましい。個人 保証を外すには、相当の時間と努力が要る。一朝一夕にできることではない。 その時になって慌てても無理だ。相当の期間を設定し、業績の改善、赤字の解 消、個人と法人のカネの切り分け、情報開示などを少しずつ進めないといけな い。長期戦の覚悟が要る。