**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第874回配信分2021年01月25日発行 年始特別号その4 〜1社集中依存からの脱却〜 **************************************************** <はじめに> ・このような経営状態になって、大手企業でも事業再編の動きが加速してき た。新聞紙上でもご存じのように、あの電通が本社ビルを売却し、不要になっ た多くのフロアーを返却して、事務所の面積を現在出社する20%くらいの人が カバーできるくらいの狭さにするという。移転せず、売却して狭くして賃借す るのだ。電通の本社ビルは、以前に友人が勤務していたので数回行ったことが あるが、本当にすごいビルで電通帝国の象徴のような建物だ。その象徴たる本 社ビルを売却して、新しい仕事の仕方に対応できるようにするという。象徴的 な本社ビルを売却するくらい経営的に厳しいということと、リモートワークが 普及して広い面積が不要になった。本社ビルに来なくても、十分仕事ができる ようになった。 ・これは電通に限らない。ソフトを販売したり提供するような企業は、中身に 価値があるので仕事をしている場所は問わない。本社がどこにあろうが、提案 する企画の中身が問題なので、別に東京のど真ん中に本社がなくても関係な い。しかし、以前は電通の人と打ち合わせするのに、必ずと言っていいほど会 いに行って、じかに面談して、打ち合わせをして、ものごとを決めないといけ ない状況だった。地下鉄で出向いて、駅からまた結構歩いて、ようやく本社の ロビーに着いて、用件を告げて担当者がロビーのブースに出向いてくる。駅に 着いてから、担当者との打ち合わせが始まるまでに相当の時間が必要だ。しか し、それが当然だと思っていた。それ以外には電話、メールくらいしか方法が なかった。 ・ところが状況が様変わりした。新型コロナウィルスの影響で人と人が接触す る機会を極力減らすようになった。そしてリモートワークなる業態が普及し、 意外とそれがあまり支障を来さないことがわかった。もちろん、会って直接話 しをするに越したことはないが、少々支障はあっても背に腹は代えられない。 何より、移動の時間が要らなくなった。直前まで別の仕事をしていても、5分 前に止めて会議室に行って、パソコンを立ち上げてリモートの会議に入れば、 それでことが片付く。初対面の人同士なら、少しぎくしゃくするが慣れれば初 対面同士でもあまり違和感はない、相手の人がリモートに慣れていれば、そう 大きなトラブルにはならない。先日も、初対面の大阪の方と1時間話した。全 く問題なかった。 <何もかもが狂ってきた> ・洋服の青山商事、お店はAOYAMAだが、業績の低迷に苦しんでいる。全国にあ る店舗をいくつか閉めたり、コンビニに転換したり、構造改善に躍起になって いる。全国多くのサラリーマンに支持されてきたビジネスモデルが、たった1 年であっという間に業績の悪化に見舞われた。つまり、オフィスに出社する人 が特に都市部で極端に減った。入社式もなくなり、新人研修もリモートでする 企業が続出した。そうなるとビジネススーツが要らない。ついでにネクタイ も、シューズも要らない。どんどん要らないものが想定外に出てきて、それら を扱ってきたビジネスモデルが崩壊した。おそらく経営陣からすれば想定外 だったと思われる。大企業の入社式がリモートで行われるなどと、誰が想像し ただろうか。青天の霹靂とはまさにこのことだ。 ・通勤する人が減ったことで、私鉄やJRの職員が一時帰休を余儀なくされた。 新幹線に乗る人が極端に減ったので、JR東海の職員が余ってきた。これが常態 化すると、そもそものビジネスモデル自体が維持できなくなる。以前は東京に しょっちゅう出かけていたが、ほとんど出張という行為そのものがなくなりつ つある。ビジネスホテルの予約を取るのに四苦八苦していたが、嘘のような世 界になった。ビジネス街のランチ事情、夜の居酒屋などの業態も、本当にこの ままいくなら、とても経営は維持できない。資金が持たないし、おそらく5月 の連休前に枯渇するだろう。そうなってからでは遅いので、今なら何らかの手 は打てる。冒頭に書いた電通の本社ビル売却などは、その一環だ。不動産がら みの事業再生は不動産が売れるという事実が決まらないと進まない。 ・JRも多くのホテルを経営している。以前ならホテル事業は稼ぎ頭だった、孝 行息子だった。キャッシュを簡単に生んでくれる優秀な子供だった。しかし、 このビジネスモデルが崩壊しつつある。多くのホテルを休業にせざるを得なく なった。京都駅の周辺のホテルも開店休業状態だ。ホテルや旅館は、お一人で も泊まるとエレベーター、大浴場、空調機など多くの設備を動かさないといけ ない。400名の定員のホテルで、たったお一人の宿泊客がいるとすべてのユー ティリティを稼働さす必要がある。最低の稼働率は60%くらいだろうか。それ くらい宿泊客が入らないと、ホテルは赤字事業に転落する。インバウンドをあ てこんだ民泊施設もそうだ。全くお客さんが来ないとなると、設備投資資金の 返却が重たくのしかかる。廃業する民泊事業者が続出している。 <怖い1社依存> ・生き残りに覚悟を決めるなら、以前の業態から新しい業態に変わらないとい けない。もちろん、ビジネスによっては今までと全く同じ業態で問題ない企業 もあるだろう。逆に、いま絶好調の企業もあるかもしれない。しかし、それは 例外。ほとんどの企業は何らかのマイナスの影響を受けている。これを一過性 とみるか、恒久的な現象と見るかは、経営者の判断で大きく異なる。これを機 会に今までできなかった得意先の変更や転換、新商品や新サービスの開発を加 速しようと考えている経営者の方もいらっしゃる。日ごろから問題意識を持っ ていたが、このコロナショックを目の前にしてその決意が一層強くなった。い いきっかけになったと、覚悟を決めた。少し暇になり時間ができたので、新し い商品開発に邁進している。 ・一方では、依然として今までのビジネスモデルを抜け出せない企業もある。 得意先が限定されていて、そこから抜け出せない。ひとつの企業、限られた得 意先に売上が集中していたので、その得意先がコロナショックで大きな打撃を 受けた。当然、付き合いの深かった企業の影響も大きい。日ごろから一社依存 は怖いとは思っていたが、結構順調にここまで来たので、あまり深刻に考えて いなかった。創業以来の付き合いだから、急に切られることはないと安心して いた。競合他社との競争もあるが、先代からの付き合いだから変なことは起こ らないと、たかを括っていた。ところが今までの義理も何もあったものではな い。得意先の業績は惨憺たることになった。今までの付き合いどころではな い。 ・成岡が以前に役員をしていた印刷会社も、当時ある特定の得意先に売上の40 %が集中していた。40%、4割は大きい。その得意先の業界は、当時どんどん 店舗を拡大し、他の地域の会社をM&Aで買収し、とにかく急激に膨張を繰り返 していた。その得意先の印刷物の量は、半端ではなかった。担当者は、毎日毎 日得意先の会社の本社に張り付いて仕事をしていた。当時の印刷会社の業績 は、その特定の得意先の売上に大きく依存していた。絶好調の得意先について いけば、業績は安泰だった。その安泰に安心し、胡坐をかいて、とうとうこけ た。得意先の業界に法的な規制がかかり、あっという間に奈落の底に突き落と された。転げるように業績が悪化し、気が付いたときには手の打ちようがな かった。 <いま動くチャンス> ・新商品の開発とか、業態転換とか、言うのは簡単だが、実行するのには相当 の覚悟と、時間、資金、人材など、多くの必要なものがある。代表者が一人で やっている小規模な事業でも、スケールは異なるが同じことだ。まず、どうい うことをするかの方針を決めるのに時間がかかる。周囲の経営環境は、激動し ている。止まってくれるのではない。常に動いているから、静止画ではなく動 画を見ているのだ。止めて、少し待ってくれはきかない。まず、状況と今後の 見通しを決めないといけない。環境規制、地球温暖化、人口減少、コロナ ショックなど、考えることが多すぎて頭が混乱してくる。親しい人に聞いて も、よく分からない。ネットで調べても分からない。今までは、分からないか ら動かなかった。じっとしていれば、台風は通り過ぎていた。しかし、そうは いかなかくなった。 ・開発をするには資金がない。これほど売上が低迷していては、新商品の開発 に投資する資金がない。普通なら、いくつかの試作品を作り、いろいろなケー スで試してみて、その中から選ぶのが常道だ。しかし、いくつかの試作品を作 る余裕がない。余裕がないときに焦ってやることは、ほとんどことごとく失敗 する。失敗から学ぶのは正解だが、学んだ教訓を次に活かす場面が作れない。 手遅れとは、このような状態を指す。こうなると、次の一手が打てない。常日 頃から、重たい腰を軽くして、フットワークよく、新しいことにチャレンジす る行動を続けておかないといけない。体重が増えてきてから、ダイエットをし ていては遅い。気が付いたときに、素早く行動を始める癖をつけておかないと いけない。 ・失礼ながら、二代目、三代目の経営者の方に、この傾向がある。先代から受 け継いだ経営者なので、自分自身で創業したわけではない。成功している企業 で、二代目、三代目の方の場合は、その承継を機会に多くの方は大胆に新しい 業態に転換したり、独創的な商品の開発に成功している。実は、それは反面教 師なのだ。先代が経営に行き詰まり、どうしても業態を変えたり、新しい商品 を世に出さないと会社がもたなくなった。この危機感が、会社を大きく変える 原動力になる。総じて、アクションが遅い企業は、この危機感が乏しい。社長 の行動も、この状態においても相当のんびりしている。そんな時間はないだろ うと、我々が気をもんでいる。とにかく、一日も早く次のステップに進むこと だ。従業員も、市場も、それを望んでいる。いまやらないとチャンスはない。