**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第940回配信分2022年05月02日発行 事例から学ぶ事業承継その3 〜どうすればうまくいくか後継者教育〜 **************************************************** <はじめに> ・親族承継での先代の大きな悩みのひとつは、後継者の教育だ。どういう風に 後継者を育てればいいのか、よく分からないと言われる方が多い。特に、親族 一族への承継の場合、後継者との関係と親子関係が混同され、〇〇家のことと 会社のことがごっちゃになる。親子のことを言っているのか、会社の社長と後 継者の関係でものを言っているのか、よくわからない。特に、創業社長が後継 者に道を譲る場合、自分自身が創業者なので先例がない。自分自身が承継を経 験しておれば、何が必要でどういう準備をしておかないといけないかが、おお よそイメージできるが、これが全くの白紙となると、皆目見当がつかない。特 に、後継者をどのように教育していけばいいのか、よく分からない。当然のこ とで、自分が経験していないことは分からないし、いろいろな本を読んでも自 社にはなかなか当てはまらない。 ・完全な正解はないだろうが、まず親族一族で後継者となり得る人材がいると いう仮定で考えることとする。その人は、一般的には男性で長男。高校までは 実家から通学し、大学は実家から出て下宿した。そして、就職活動をして卒業 と同時に企業へ就職する。ここまでは、特に何も意識することはない。ただ、 この時点で後継者として意識があるなら、できれば同じ業界の大手企業に就職 することが望ましい。成岡もそうだったが、初めて社会人になる際には、大手 企業でしっかりした教育を受けたほうがいい。また、企業や組織というものが どのようなものなのか、どのような理屈で動いているのかを経験、体験するこ とは非常に重要だ。最低5年間は大手企業で働き、30歳の手前くらいまで在籍 するのがいい。その間に、大きなプロジェクトや責任ある仕事を任される経験 を積むことだ。 ・最低5年間くらい在籍すると、職位としてリーダーや主任などという管理職 の手前くらいのポジションになるはずだ。場合によれば、新卒採用された新人 の部下が配属される場合もある。この部下を育てる経験も、あとになると非常 に貴重な経験になるはずだ。一人でもいいので、自分自身の部下を持ち、面倒 を見て、部下にも結果を残すように指導できることは、のちのち非常に大きな 経験となる。そうなるためには、大手企業で必死に働き、それなりの結果を残 すことだ。2年や3年程度の居候では、何も得られるものはない。その企業を 辞して実家の商売に戻る際には、引き止められてなかなか離れられないという のが正しい姿だ。辞めると申し出て、簡単に辞められるようでは、その組織に とっての存在価値が薄いと言われても仕方ない。退職を申し出てから、最低半 年くらい引継ぎで残るくらいがちょうどいい。惜しまれて辞めることだ。 <中小企業での経験も> ・この大手企業での5年間が終わったら、次に数年間でいいので実家の企業と 同規模の中小企業に身を置いたほうがいい。成岡も32歳で一部上場の大手製造 業から、当時40名の中小企業に転職して、その文化の違いに驚いた経験が今で も忘れられない。大手企業の3,000人の大規模事業所に10年間在籍し、32歳の 時に転職して京都に戻ってきた。それまで、中小企業とは全く縁のない人生を 送っていたので、当初相当面食らった。当時の家内の実家の商売で、学術専門 書の出版社で事業の中身は文化の香りが高く、非常にきれいだった。ほとんど 専門外の領域なので、専門書の内容は分からないが、それでも大学の専門家や 図書館にきちんと収まる専門書だった。毎日出版文化賞を受賞した書籍なども あり、レベルは高かった。 ・社員が40名、売り上げ12億円で、業績は悪くなかった。毎年黒字経営で、株 価も相当高かった。もともと親会社の印刷会社から出発した出版社だから、人 文科学系の手堅い分野の専門書を上梓していた。しかし、会社の組織体制はお 世辞にも立派とは言えなかった。部門は、出版部、営業部、業務部、管理部と いうように一応分かれてはいたが、意思疎通はままならず、自由奔放な社風 と、逆に頑固な旧態依然とした雰囲気が混在する非常に難しい企業体だった。 義兄の社長はワンマンで大株主、かつ創業者なので、それまではすべて自分の 思い通りに運営してきた。しかし、創業後のしばらくはいいとして、創業後10 年以上経過し、従業員も40名以上になり、さすがに我流が通用しなくなってき た。また、学術書専門書の出版社なので、高学歴で、結構賢い頭の社員も多く いた。 ・しかし、社風は相変わらずワンマンで、ときに理不尽な決定もある。突然組 織が変更になり、代表者の意向ひとつで決定が覆される。人事も好き嫌いや好 みが先行し、客観的な評価など全く通じない。ほとんどが中途採用だから、待 遇も直接交渉で決まる。形式上の就業規則はあるが、日常の運営は全く無縁の ところでなされている。そんな中小企業の現場の真っただ中に、32歳で転職し てきた成岡には、すべてが驚天動地の世界だった。それまで、製造業の開発現 場しか知らない自分にとっては、一瞬違う世界に来てしまったのかと後悔した こともあった。会議の資料や書類ひとつとっても、日付はない、書いた人の名 前もない、上司の検印もない。そんなことは全くどうでもいいことで、あって ないようなルールで日常が運営されているのが実態だった。 <多くの部門を経験する> ・この中小企業に転職してきたときには、さすがにしばらくは環境、風土、文 化、習慣の違いに面食らい、ストレスがたまった。しかし、もう後戻りできな いので、これを変えるしかないと腹を括った。こういう一見理不尽がまかり通 る中小企業という世界を体験、経験してくることは非常に重要だ。少しでもこ の経験があるのとないのとでは、病気でいえば免疫があるかないかだ。はしか や風疹のように、一度かかっておけば、免疫ができている。だからなんでも見 過ごすのではないが、中小企業というもののレベル感が分かる。この中小企業 での数年間の経験を積んでから、高齢の頑固な代表者と数年間過ごしてから、 実家の商売に入るのがいい。いきなり、大企業から中小企業へ移籍すると、最 初戸惑うことばかりで、そのうちメンタルを病むことにもなりかねない。 ・5年の大企業の経験と、5年の中小企業の経験を積んで、そこから実家の商 売に参画するのが理想的だ。5年より多少は長くてもいい。都合10年の外部の 社会人経験を積んで、そこから移籍転籍して、父親が代表者を務める企業に中 途入社する。そして、32歳から40歳くらいまでは次の経営者としての教育を受 ける時間になる。この間にやるべきことは、経営者としての資質を向上させる ために、あらゆることを経験することだ。まず、どこかの部門で目に見える成 果を挙げないといけない。それも、今まではできなかったことが、後継者が担 当したら見事に結果が出たというのが好ましい。あるいは、新規事業を担当 し、それなりの結果を出すことだ。なるべく、父親である代表者の手を煩わす ことなく、既存の誰の力も借りないで、結果を出すことだ。 ・次にやるべきことは、苦手の分野の克服であり、勉強だ。技術系の人は、財 務経理関係の知識が乏しい。文系の人は、技術系のジャンルの勉強だ。成岡は 工学部の化学系の学科の出身だったので、文系、なかんずく経理財務の知識が 皆無だった。しかし、そんなことは経理の担当者がいれば片付くことだと錯覚 していた。日常の業務は確かにそうだが、経営者の判断、決断となると、そう はいかない。簿記の知識や仕分けの知識は特には要らないが、会社のおカネの 構造をしっておくことは必須だ。損益の構造、売上と原価、経費と利益の関 係。変動費と固定費の分け方と損益分岐点。資産と負債の中身と構造。それぞ れの比率とバランス。そして、資金収支と資金繰り。損益に反映しない資金の 出入り。キャッシュフローの理解と投資と回収の考え方、などなど。 <現在の代表者の根気と勇気> ・しかし、我々一般人は経営のほとんどは経験から学ぶことが多い。70%が経 験で、20%が先輩や周囲の人間から、残り10%が書籍などからの知識だ。つま り、多くの体験、経験を早く積むこと、そして失敗も経験すること、そこから 学ぶことが大事だ。特に、成功体験より失敗体験の方が貴重だ。なぜそのプロ ジェクトがうまくいかなかったのか、どこに問題や課題があったのか。原因が 分かったのか。対策は現実的に打てたのか。どうして新商品が売れなかったの か。品質の問題か、価格か、使い勝手か、発売時期か。中途採用の社員がどう して早く辞めていくのか。処遇待遇の問題か、労働時間か、休日休暇か。おそ らく、明確に原因が突き止められ、対策が効果的に打てて、改善が目に見えて できることなど、ほとんどない。多くの事象、現象は原因がよくわからないま ま、課題が先送りされる。 ・中小企業は少ない人材で多くのことをやらないといけない。野球でいえば、 内野も外野も守れないといけない。最悪、ピッチャーやキャッチャーまでやら ないといけない。そして、一定の結果が出ないといけない。そういう仕事は私 の範疇ではありませんという発言は、禁句なのだ。後継者が率先して、なんで もやる。主たる担当は決めるものの、忙しい時はなんでもやる。トップ営業に も出るし、社内で管理業務もこなす。WEBのことも担当する。ある意味、多く の部署、多くの業務を経験し、一定の水準までに到達しておく。そのようなマ ルチプレイヤーになっておく、経験しておくことは非常に大事だ。中途採用の 面接にも立ち会い、採用の可否をジャッジする。とにかく、多くの主要な業務 を経験することが、次のステップにつながる。 ・これらは教えてできるかというと、そうではない。先代が教えることは大事 だが、本人が学ぶ姿勢がないと、いくら教えても身につかない。近い将来会社 の経営を担って立つという自覚が芽生えるように環境を整え、機会を与え、サ ポートを行う。そして、結果が出るように伴走支援をする。代表者が直接手を 出すのを極力控えることだ。つまり、後継者を育てるには、現在の代表者の限 りない我慢が要る。すぐに手を出さず、我慢して見守る忍耐と勇気が要る。危 ない場面に遭遇することが分かりながら、敢えてそれを経験さす。そして、ど うしてそうなったのか反省を行う。アドバイスするのは、その時点でいい。本 人に考えさすことが大事で、教えて理解するより自分で考えて体得するほう が、よほど身につく。後継者教育の最大の課題は、意外と現在の代表者の根気 と勇気なのだ。