**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第958回配信分2022年09月05日発行 最近読んだ感銘を受けた書籍紹介 〜会社という迷宮〜 **************************************************** <はじめに> ・今週号は推薦図書のご紹介を永らくご無沙汰していたので、最近読んだ書籍 から非常に感銘を受けた本の話題を提供する。タイトルは「会社という迷 宮」。サブタイトルに、「経営者の眠れぬ夜のために」とある。発行はダイヤ モンド社。定価1,800円+消費税。著者は、石井光太郎氏。1961年(昭和36 年)神戸市生まれ、東京大学経済学部を卒業し、ボストンコンサルティンググ ループを経て、そこからコンサルティングの業界で活躍している。この書籍を 知ったのは、定期購読している日経ビジネスの書評欄で一橋ビジネススクール の教授で有名な楠木建氏が絶賛していたのを見かけたので。いつも書評欄は ウォッチしているが、これほど絶賛の記事を見たのは珍しい。さっそく、 Amazonで申し込んだら翌日に届いた。 ・届いた本の「オビ」の推薦文には次のような内容が書かれていた。「本質に 次ぐ本質。議論が重たく、大きく、そして深い。あまりにも本質的であるがゆ えに、経営者が見て見ぬふりをしてきた核心をストレートに衝く」。オビの裏 面には、著者の本文からの引用で、「会社観や経営観というものが、酷く陳腐 に矮小化されてしまいつつある現代においては、経営者自身の脳内において、 自ら自分のあり方を委縮させているように、私には見えて仕方がない。しから ば、私がクライアントから学ばせていただいてきた「会社」という存在の人間 的・社会的な重さと肥沃な可能性、「経営」の地に足が着いた奥行きの深さを 伝えることは、現代そしてこれからの経営者の方々にとって、意味なきことで はないだろう」、とある。なかなか骨太だ。 ・これだけでも、内容の重たさがわかるというものだ。何やら哲学的な世界に 足を踏み込むのではないかと、逡巡する方もあるかもしれないが、読めば「目 からウロコ」の箇所が山盛りだ。目次を先に紹介すると、「戦略」「市場」 「価値」「利益」「成長」「会社」「統治」「組織」「改革」「M&A」「開 発」「人材」「コンサルタント」「信義」の14のテーマ。それぞれが、10ペー ジから20ページで書かれている。それぞれのテーマは会社経営に携わる人たち にとっては、特に目新しいものではない。何をいまさら、という感じを抱く方 もあるだろうが、書かれている内容はハウツーでもノウハウでもない。緒言の 「おことわり」に書いてあるが、そういう内容を期待されている読者の方は さっさと本書を閉じて放り出せばいい。従来の経営、ビジネスの分野のハウ ツー本とは真逆の真っ向勝負の重たい内容だ。 <戦略・市場・価値とは> ・「戦略」とは言うまでもなく、敵たる相手に打つ勝つために、どう戦うかの 算段である。もちろん、算段といっても、勝手な思い込みではいけない。企業 戦略においては、それがどのような内容のものであれば、その実現性が高いの かがテーマとされてきた。簡単に言ってしまえば、戦いの争点となる要素に関 して相手に対して優位であり、模倣できない強みがあること。その優位性が一 過性ではなく、持続性があること。戦いを通じて優位性が累積的に強化される こと。こういうことが戦略だと信じられてきた。しかし、現実の世界では、ど こまでいっても経営は不完全な情報、不確実な環境での意思決定である。「戦 略」は従って未来に向けた仮説であり、そもそも簡単に説明などできない。 「意思」と「信念」がどれくらいあるかが問題であり、それが「戦略」の強さ を物語ると書いてある。 ・「市場」とはいったい何のことなのか。わかっているようで、はっきりしな い。経済学でいうところの市場概念から来ているのだが、抽象的な概念が膨ら み、無意識に刷り込まれるようになった。市場規模といえば、既存製品の販売 高であるし、セグメント市場といえば、客層のことを指す。市場の声を聴くと いえば、そのときの市場とは既存顧客や潜在顧客を指すだろう。市場に参入す るとは、事業と言い換えてもいいだろう。市場競争に勝ち残るという時の市場 とは、同業者や類似業者群のことになる。結局のところ、「市場」という言葉 が使い回されているだけで、概念としては空洞に近い。経営者は、この空洞の 「市場」から一歩出て、自分自身は「市場」ではなく「いちば」を縦横に歩き 回って直感的な発見で自社の独創的な「市場」を見つけないといけない。 ・「価値」という言葉が非常に軽くなり、実質骨抜きにされてしまった。「価 値観」という言葉が示すように「価値」とは本来その人の主観に基づく。モノ の「価値」は観る者によって大きく異なる。観る側の主観が、そのものに「価 値」を見出すのであり、私にとって価値のあるものでも、他人にとっては無価 値なものがある。となると、企業価値とはどういうことか。現代では一般的 に、何か普遍的に絶対的に決められるものに変身してしまった。個々に別々で あったモノの「価値」が「価格」という統一した尺度によって比較されるとい う手品のようになった。企業価値の指標、業績評価の指標、経営効率の指標、 人事評価の指標など「共通の尺度によって数値化することで客観的な評価がで きる」というロジックにすり替わった。「価値」と「計測」の間に錯覚があ る。ことを成した会社は、確固たる「価値」を信じて、ブレなかった会社であ る。 <利益・成長・組織とは> ・次は「利益」。日本人にとっては元来「ご利益(ごりやく)」であったはず だ。結果としての「利益」が、「利益」を「稼ぐ」ことが目的になり、そこか ら「利益=売上−費用」と逆算して、結果から考えるようになった。意図して 「稼ぐ」ものとして、それが企業経営の最終目的であると信じて疑わなくなっ た。「売上−費用=利益」と書かれた「利益」は所詮「帳尻」であって、「帳 尻」は合わす必要はあるが、その「帳尻」にどういう意味を見出すかが経営者 の仕事なのだ。「利益」は出すものではなく、出るものだと考えればいい。そ ういう意味では「利益」は事業活動の結果なのだ。自社の事業活動が単なる利 益創出装置になっていないか、自分自身が自縄自縛に陥っていないかを常に振 り返る必要がある。一時的に「利益」が得られても、継続的に「利益」がもた らされる仕組みを作らないといけない。 ・「成長」とは、もはや神話となった。今の時代に、まだ今後も「成長」だけ が企業の使命であるという考え方は、企業経営者の意識の深層に刷り込まれて いる強迫観念のようなものだ。会社にとっての「成長」とは何だろうか。「成 長」はすべてを癒すのだろうか。常に競争に打ち勝ち、勝者になり、成長を目 指さないといけないのか。「成長」が一定の時間を経過したあとは、「成熟」 を迎えるはずだ。会社が「成長する」ことと、「生きる」こととは別のこと だ。規模の大小を成長というなら、体重がずっと増え続けることが「成長」 か。いや、それは「膨張」と言うべきだろう。いま、「成長」する時期ではな いと考えれば、ブレーキを踏むのが自然なのだ。いま、「成長」のチャンスだ と思えば、一心不乱に突っ込むのが正しい。本当の「成長」とは「大きな会 社」になるのではなく、「善い会社」になることだろう。 ・「組織」とは何だろうか。これは難しい。単に、「集団」や「グループ」と は異なる。共有された目的の実現、目標の達成に向けて、意図的に編成された 構造を有するものだろう。目的や目標があるので、その達成に向けて「組織は 戦略に従う」となる。目的や目標が変われば、組織構造も変わらないといけな い。古来、日本人の伝統である暗黙知に基づいた「言わなくてもわかる」組織 が最善なのだ。労働を求めるのではなく、仕事を追求する。マニュアルや作業 標準書もいいが、言わなくても自発的に動き、自主的に改善が図られる組織が 一番だ。最高のマネジメントとは、マネジメントがない状態だとは著名な人物 の言った言葉だが、まさにその通りだろう。しかし、これがなかなか難しい。 まさに、会社経営の根幹である人の集団である組織が、機能できるかできない かが、この点に集約されている。いつまで経っても、どこまで行っても、正解 はない。 <経営者の人間が試されている> ・いくつかのテーマに関する著者の意見を記載したが、我々が日常行っている 業務そのものの本質を問いかける強烈なメッセージだ。最初に読んだときに、 頭をガーンと殴られたような気分になった。我々がよく行う財務分析や事業評 価、中期計画作成、マーケティング調査、SWOT分析など、ありふれた方法に関 する技術的な内容ではなく、経営とはそもそも何をするのかという根源的な問 いを発している。改めて20年前に自分で会社を立ち上げたときの心持ちを思い 返し、現在がその路線からどれくらいずれているだろうかと、自問自答した。 どんな企業でも、事業者でもそうだろうが、創業したてのときの心持ちは非常 に純粋だった。こういうことを世の中で実現したいという、崇高な志しを掲げ てスタートしたはずだ。ところが、やっているうちに「会社という迷宮」に入 り込んでしまう。 ・いったん迷路に入ると、なかなかそこから出られない。今回、この著書を読 んで改めて会社とは何か、売上とは何か、利益とは何かなど、多くの日常無意 識に向かい合っているテーマに改めて真面目に対峙した。そう、改めて言われ ると、実はすぐに明快に問いに対する答えが浮かばない。日ごろそういうこと を意識していない。無意識のうちに売上を追いかけ、利益をあげることに必死 になっている。特に、昨今コロナ禍で傷んだ事業をいかに立て直すかに邁進し てきた。従業員の生活を守る、得意先、仕入先との関係を維持するという大義 名分を錦の御旗にして、一点の疑いもなく業績のリカバリーに必死に取り組ん できた。それが間違いとは思わないが、今更ながら正面からこのような根源的 な問いを発せられると、答えに窮する。 ・経営者の悩みは深い。事業がうまく行っている時間帯は非常に短い。順調に 売上を伸ばし、利益が出ているときでも、この状態がいつまで続くか、不安で 仕方ない。業績が悪いとなおさらだ。それこそ、この書籍のサブタイトルにあ るように、「眠れぬ夜」が続く。経営とはかくも難しく、難題の連続だが、経 営者はその難題に立ち向かい克服することで成長する。誰かが助けてくれるも のでもないし、すべては自発的な行動が結果を生む。目先の利益ばかりに目が 走り、肝心なものを見落としていないか。遠い先に見据えているものは何か。 そもそも、事業を始めた動機は何か。つい先日90歳で逝去された稲盛氏の名 言。「動機善なりや、私心なかりしか」。ここから逸脱した瞬間に、迷宮に迷 い込むのだろう。稲盛氏もそれがわかっていたので、出家して得度された。利 他の精神が貫けるか。経営とは経営者の人間そのものが試されているのだろ う。