**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第960回配信分2022年09月19日発行 迷走するカリスマ創業者の事業承継 〜後継者選びは早いにこしたことはない〜 **************************************************** <はじめに> ・ここ数週間の新聞報道でご存じのように、京都に本社のある超ビッグカンパ ニーの日本電産の次期後継者と目されていた関潤氏の退任の意向が示された。 6月に永守氏がCEOに復帰し、近い将来また関氏にCEOをやってもらうというコ メントがあったが、数か月経たないうちにその発言も反故になった。どうも、 創業者の思惑と後継者のイメージがかみ合わないのだろう。ガレージから出発 し、世界的な大企業にまで企業価値を高めた永守氏からすれば、後継者として の資質に、まだ不満があるらしい。どこまで行っても、いつまで経っても、お 眼鏡にかなう人材を発掘することは難しい。業績もさることながら、企業文化 の継承に支障をきたすという。信頼関係が一度崩れると、挽回するのは難し い。まして、外様で外部から招聘した人材ではなおさらだ。 ・今後は気心の知れている創業メンバーの副会長に、いったん社長CEOに就任 してもらい、承継までの時間を稼ぎながら社内から後継者を選抜するという。 最終的には、京セラ方式のように、社長を4年、会長を4年、都合8年現場を 預かってもらう体制にしたいという。そのために、近々候補者の選抜を行い、 従業員の中から次世代の候補者を複数選抜するという。しかし、どこまで行っ てもワンマンカリスマ経営者の永守氏のお気に入りの人材であるかどうかがポ イントになる。また、関氏のケースで反省したように、永守氏一代で築き上げ てきた企業文化、企業風土などの無形資産が承継できるだろうか。定量的なも のは承継し易いが、定性的なものは承継しづらい。また、永守氏が期待する業 績が、結果として残せるだろうか? ・成岡も事業承継の講演で、この「空気、風土、文化」の3つを承継するのが 非常に難しいと、よくお話ししている。創業時のメンバーならいざ知らず、途 中から出来上がった企業に外様で入ってくると、同化するのに非常に時間がか かる。成岡が50歳で印刷会社を退職し、起業する自信がまだなかったときに、 リクルートを退社してHさんが創業されたベンチャー企業に途中入社した経験 がある。面接の際に、創業者のHさんから言われたのは、この企業はリクルー トを退職した多くのメンバーが在籍し、独特の文化がある。その文化に成岡が 同化できるかが最後の関門だと。そのために、後日東京で(本社は京都だっ た)幹部会議があり、そのあとの飲み会に参加してもらう。この飲み会が試金 石で、これをパスしたらOKだと言われたことがあった。 <難しいカリスマ創業者の事業承継> ・その通りで、そのリトマス試験紙となった飲み会の歓迎仕様はすさまじく、 猛烈な飲むスピードと頭の回転が速い機敏な会話だった。2時間の飲み会の 間、多くのメンバーと交流したが、ホテルに戻ってどうやって寝たか覚えてい ないくらい、ヘトヘトになった。しかし、この洗礼を受けて通らないとこのH さんが創業したベンチャー企業では使い物にならなかったのだろう。一応、め でたく?パスをして2年間その後お世話になったのだが、この企業文化、風 土、空気はベンチャーそのものだった。メンバーの平均年齢も28歳、しかし平 均勤続は2年弱という発展途上国の企業文化だった。いいところも多くあった が、未熟で未完成なところも多かった。それを完成形にもってくのが成岡の ミッションだったのだろう。 ・残念ながら期待値には届かず、数年以内のIPOという目論見も先が見えない まま、創業者のHさんとの経営上の意見の相違で、取締役を辞任し退職した。 規模が違うので、日本電産と比較するのもおこがましいが、今回の関氏の辞 任、退職の状況は、なんとなく理解できる。やはり、育ちが違う環境の中での 文化の承継は非常に難しい。歌舞伎役者の名跡の家柄ならいざ知らず、一般か らこのような特殊な文化の企業に転職するのは非常にリスクが高いと感じた。 これをきっかけに、成岡も腹を括って独立することしたので、ある意味引導を 渡されたのと同じことになった。もう、後ろに下がれず、がけっぷちに追い詰 められ、前を見るしかなくなって、創業することになった。ある意味、反面教 師的な存在だった。 ・このように各社ともカリスマ創業者から、次世代の後継者への事業承継で苦 労されている。あまりに企業規模が大きくなりすぎ、承継するには手に余るサ イズになってしまった。売上規模、株価、株主数、事業領域、事業所数、従業 員数のどれをとっても、もう大変なサイズになってしまった。日本電産も、今 回の後継者問題で株価が一時相当下落した。有価証券報告書にも、明確に後継 者問題がリスクだと書かれている。少し、タイミングが遅すぎたのかと思える くらいだ。ことほど左様に、偉大なカリスマ創業者から後継者への事業承継は 難しいものだ。しかし、京都のビッグネームカンパニーでは、早々と創業者一 族からそれ以外の非一族への承継を済ませてしまっている企業もある。あるい は、最近ようやくその承継が終わった企業もある。 <承継にベストの環境はない> ・確かに今回永守氏が述懐するように、外部から招聘した優秀と言われる経営 者候補者が、多く社外に去った。この10年無為に過ごし時間をムダにした感は 否めない。ならば初めから社内で選抜すればよかったというのは結果論。結論 が分かっていれば、最初からその轍は踏まない。わからないから模索し、混迷 し、錯綜し、混乱するのだ。結果が明々白々なら、誰もムダはしない。高い月 謝と、多くの時間と、莫大なエネルギーを費やして、ようやくたどりついた結 論が、社内からの抜擢。はたして、この結論がうまく機能して、それなりの結 果が出るのには、少し時間がかかるだろう。一時期、集団指導体制というキー ワードもあったが、それもこれだけの企業になると難しいのだろう。 ・後継者への承継で、招聘した外部の第三者に承継し、うまく運営できている 企業もある。そうかと思えば、社内の誰もが認める後継者に承継し、うまくい かなかったケースもある。事業承継で、この方法なら間違いないというベスト の選択はない。一族同族の子息でも難しい場合もあれば、心配された息子さん が立派に跡を継いでさらに成長した企業もある。10年以上前だが、リーマン ショックのときにちょうど後継者への承継を控えて先代が承継を先延ばしにし た企業もあれば、思い切って後継者にバトンタッチした企業もあった。今回の コロナショックでも同様に、承継を1年ほど先延ばしした企業もあれば、関係 ないと割り切って後継者に承継した企業もあった。 ・要は、その時点の環境であり、条件だ。ベストの環境というのはないのだ。 常に経営というものは、リスクが伴うし逆風が吹く。いまは順調に思えても、 いつなんどき何が起こるか分からない。どんなタイミングで承継すればいいか と言われても、正解はない。売上、借入金、個人保証、株価、利益、従業員な ど、多くのパーラーメータがあり常にこの媒介変数は変動する。親族承継でい えば、株価が高すぎると逆に難しい場合もあり、株価が1円であれば債務超過 で借入金が多額のはずだ。すべてが円満で、満足する条件が揃っていて、さあ どうぞなどという恵まれた承継のケースは、あまり聞いたことがない。また、 五体満足過ぎる場合、少し逆風が吹くとかえって危ない。逆風が吹き、その風 に逆らって走れるだけの馬力がないと、企業経営は続かない。 <30年後の準備を今から始める> ・日本電産、ユニクロ、ソフトバンクなど、まだまだカリスマ創業者が頑張っ ていて、次世代の後継者が決まらないビッグカンパニーが多くある。超大企業 はこの3社か。それ以外の大企業、中堅企業では、まだまだ多くこのような例 があるのだろう。世間では、まだよく知られていない企業でも、後継者への承 継でもたついているという現実は、なかなかオープンにはならない。後継者問 題が不透明だと、事業の継続にリスクがあると会計監査で指摘され、有価証券 報告書に書かれる可能性がある。そうなると、株価に影響が及び、時価総額が 一気に減少することもあり得る。コロナショックも大きなリスクだったが、後 継者問題が片付かないと、これは慢性疾患になる。慢性疾患は、よほど日常生 活を変えないと改善しない。日ごろからの自己管理が重要だ。 ・そういう意味では、後継者の問題は大企業、中小企業を問わず、現在の代表 者が代表者になった時点から始まっている。自分自身が65歳になったから始め るものではない。40歳で承継して、最初の10年で承継した資産を維持し、次の 10年でその資産を活用して継続できる事業を新しく作り、最後の10年で次世代 に承継するための活動を行う。自身が代表者になった途端に次の世代への承継 準備が始まっている。間を空けるわけにはいかないので、次のバトンタッチす る走者が決まらないと、リレーにならない。しかし、子細なことにこだわり大 局を見誤り、承継に失敗する。得意先、仕入先、従業員を失い、事業が縮小 し、引継ぎ先を探せない。そこまで棄損すると、事業を止める選択肢しか残っ ていない。 ・ビッグ3の後継者問題の行方は不透明だが、振り返って自社の承継問題を真 剣に考えないといけない。どの事業者も、どの企業でも20年から30年になると この課題は浮き彫りになる。避けては通れない関門だが、考えたくない課題な ので、どうしても思考の対象から外そうとする。真正面から向き合うと、不都 合な真実を白日の下に晒さないといけない。外部の第三者にも、恥部を見せな いといけない。財務内容、親子の確執、取引先との関係、金融機関との対応、 自身の報酬、退職金など、外部に見せたくない不都合な現実を開示しないと進 まない。その時点から慌てて対策に走っても間に合わない。覚悟を決めて、方 針を決定し、その方向を内外に開示して、協力者の同意を得ながら進める。事 業で成功することより、事業を継続することのほうが、はるかに難しい。