**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第979回配信分2023年01月30日発行 賃上げの季節が始まった 〜できるか中小企業の賃上げその1〜 **************************************************** <はじめに> ・賃上げの季節になってきた。まだ立春には日があるが、この2月くらいから 4月の賃上げの論議が始まる。形式的には経団連の会長と連合の会長が会議で 面会し、双方の主張をぶつけ合う。そこから始まる。例年なら、連合側が高い 賃上げの要求を提示し、一方的に労働者側の要求をつきつける。かたや、経営 者側はそんな高い賃上げの要求は論外だとはねつける。お互いに儀式的な主張 だが、いったん言いたいことを言い合って、実現しないと分かっていて、そこ からスタートする。そして、個別の組合ごとに、団体ごとに交渉が始まり、最 終的には3月末から四月初めにかけて妥結する。しかし、ここで決まるのは大 手企業のみ。中小企業はそこから約1か月遅れて、賃上げが具体化する。 ・ここ数年はこうだったが、今年は少し様相が異なる。官製春闘といって、政 府が既に物価上昇率を上回る賃上げをお願いしたいと、首相自らいろいろな会 合に出てお願いしている。経団連も、それを無下に断れないので余力のある企 業は大きな賃上げをして欲しいと主張した。連合も5%の賃上げを標準として 要求している。既に、ユニクロやサントリーなど業績が好調で経営的に余裕の ある大企業は、多額の賃上げを実施すると表明した。それ以外にも、IT企業や ベンチャー企業など、従来の賃上げの常識に拘らない企業は、独自の賃上げを 発表している。これにはいろいろな事情があるだろうが、一番大きいのは人材 の採用だ。優秀な人材を新卒、中途に関係なく採用しようとすれば、相当の待 遇を準備しないと採用できない。それがわかっているので、これだけの金額を 提示している。 ・果たして、多くの中小企業はどうだろうか。特殊な業界で、この2〜3年コ ロナ禍に関係なく業績を大幅に伸ばした企業もある。しかし、これは例外に近 い。多くの、大半の中小企業はコロナで売上がダウンし、幾分戻っては来た が、まだ往時の勢いはない。あるいは、売上がほぼ戻ったけれど、電気代、ガ ス代、原材料高などで、利益が出ない。製造原価、売上原価が高騰し、粗利が 減ってしまった。その下の固定費の大半は人件費だから、賃上げをすると当然 人件費が増額する。そうなると、他の経費を節約、節減しても到底追いつかな い。結局、最終的な営業利益は減少、もしくはマイナスになり、減益または赤 字決算になりかねない。そうなると、大企業のように大盤振る舞いの賃上げは 難しい。これが実感ではないか。 <定期昇給とベースアップ> ・ここで、少し整理が必要だ。まず、言葉の定義だが、ここで言う「賃上げ」 には「定期昇給」と「ベースアップ」の合算を言う。「定期昇給」とは、読ん で字のごとく「定期的」に「昇給」すること。つまり、4月になれば勤続給、 年齢給など、1年経過したら自動的に増額する給与がある場合、この昇給が 「定期昇給」になる。自社の給与規定にどう定義されているかで異なる。きち んと給与制度が決まっている企業はいいが、おおかたの中小企業の給与規定は あいまいだ。基本給の定義も明確でない場合が多い。過去は大手企業では、基 本給は「年齢給」「勤続給」という属人的な給与に、「職能給」という能力給 を加算したのが基本給というのが多かった。年齢、勤続という属人的な要素 に、職能という職務遂行能力を評価した職能給を足したものが基本給なのだ。 ・これは毎年新卒採用を定期的に行う一定規模の企業が採用する仕組みだ。特 に、現場労働者を多く抱える製造業に多い仕組みだった。1年経過すれば職務 遂行能力はその時間分レベルアップするという考え方がベースにある。経験を 積み、先輩から多くのことを教わりながら、職務の遂行能力が上がるという性 善説に基づく。そこにいろいろな手当てが加算されるが、月例の給与は「能 力」だという前提に立つ。その「基本給」を定期的に昇給するのが「定期昇 給」だ。以前ではおおむね、基本給の2〜3%くらいに相当する金額になるこ とが多かった。要するに、時間の経過とともに自動的に、定期的に昇給する仕 組みになっているのだ。ところが、基本給の構成を厳密に定義していない中小 企業では、この定期昇給の理屈がつけにくい。よって、人数の少ないところで は特に決まりもなく、なんとなく世間と比較して昇給を決めている。 ・「ベースアップ」というのは、賃金のテーブルそのものを上げることだ。先 ほどの説明の延長でいくと、職能給のテーブル全体でそれぞれの等級の金額を 上積みする。それで全体の底上げを図る。テーブルにあるそれぞれの金額が増 えることになる。これは、定期採用の初任給との関係がある。大卒新卒採用の 勤続ゼロ年、22歳の初任給をいくらにするかで、テーブルの金額が変わること になる。当然、昨年度入社の2年目の社員と、今年の4月に入社する新人の社 員との給与は、2年目の社員の方が高くないとおかしい。ところが、昨今の採 用環境から、新入社員の待遇を高くしないと優秀な人材が採用できないとい う。となると、テーブル自体を底上げして、全体を高くしないとバランスが取 れない。そういう理由も含めて、毎年ベースアップで全体の底上げを図ること になる。 <難しい中小企業の給与の決め方> ・中途採用がほとんどの中小企業では、ベースアップという考え方は、ほとん ど取り入れられていない。人数が100名を超えて、毎年数名の高卒、大卒の定 期採用をしている企業なら、それは必要だ。しかし、大半の中小企業は50名以 下。そうなると、精緻な職能給テーブルなどという大層なものは、あまり必要 がない。中途採用の最初の待遇を決めるのは、本当は非常に難しい。過去に勤 めていた企業でもらっていた金額がベースになるが、在籍の社員とバランスが 取れないケースが多い。同じ年齢の社員と比較すると、相当の開きがある場合 が多い。彼を採用したら、大きく既存の社員とバランスが取れなくなる。しか し、なかなか得難い人材に巡り合うこともある。源泉徴収票を見せられて、愕 然となる場合もある。 ・いろいろな事情で中小企業の社員の個々人の待遇が決まっている。転職して 来たときに決めた待遇がベースだから、その時の事情で大きく振り回されてい ることが多い。きちんとした職能テーブルに則って決めているのではない。既 存の社員とのバランス、その時の会社の事情など、多くの複雑な要素が絡んだ 給与になっている。総額を合わすために、適当な手当てを付けて、つじつまを 合わせている場合が多い。理屈があるような、ないような、非常に混沌とした 状況で金額を決めている。時間が経つと、どうしてこの人にこの金額を決めた かという、理由や背景が分からなくなる。まして、先代の社長が採用した中途 の社員の金額の説明は、先代でないとわからない。しかし、先代がもう会社と 関りが薄くなると、記憶の彼方に飛んで行ってしまっている。 ・給与体系の曖昧さもさることながら、昇給の原資、つまりおカネの手当て、 工面ができるかどうか。今年は昇給できても、来年はどうなるか分からない。 まだ、業績も安定しないし、コロナの出口も見えない。ここで、世間並みの昇 給をすれば、次年度以降ずっとその給与を引きずっていくことになる。賞与は 業績が良かったときに出して、悪かったら少ない金額でご免被るのも致し方な いが、給与は一度決めたら極めて合理的な説明がつかないと、減額や下げるこ とは事実上不可能だ。なので、上げる時にどうしても慎重にならざるを得な い。また、ベースの金額を上げると、退職金や社会保険料の会社負担分、時間 外手当の算定基準など、多くの項目が連動している。当然、所得税も上がる し、社会保険料の自己負担分も増える。増えた全額が手取りで増えるのではな い。 <現状を丁寧に説明する姿勢> ・賃上げをその時点の経営状態を見て、思い付きで上げるのは良くない。相応 の理屈があり、継続的に毎年少しずつ昇給するのが好ましい。そうなるために は、毎年少しずつでいいので、会社が成長するという確信がないと難しい。今 年業績が良かったから大盤振る舞いをして、来年悪かったら昇給を見送るとい うのは、避けたい。業績が良かった場合は、一過性であるなら賞与で支給して あげるほうがいい。あるいは、もっと利益が出れば決算賞与というウルトラC もある。一過性の業績はあくまでも一過性なので、これを毎年あるとは思って 欲しくない。となると、今年の賃上げに果たして対応可能かと問われると、簡 単に返事ができない。現に、電気代、ガス代を始め多くの原材料費は高止まり している。また、諸経費も下がっているものは皆無に近いと申し上げてもいい だろう。 ・今後、この高騰した資材費、電気代、ガス代が、いつ、どうなるかの予測が 立たない。立たないと、いつくらいから収益が見込めるのか、確実性のある見 通しが立ちにくい。そうなると、どうしても賃上げに積極的になれない。ま だ、多くの中小企業では不安がある。一方で今までの給与のままか、少しくら いの昇給では社員が退職してしまわないか心配だ。中途採用の募集をかけて も、全くハローワークでは反応がない。賞与も少しは12月に出せたが、世間並 みとはいかなかった。世間では、賃上げ、賃上げと叫んでいるが、それは一部 の業界、大手企業だけのことではないかと苦しい言い訳に終わっている。賃上 げしたいのはやまやまだが、いまここで上げることが正しいのか、自信が持て ない。この気持ちが正直な大半の中小企業の代表者の本音ではなかろうか。 ・確かに会社への帰属意識は、給与や賞与の金銭だけではないだろう。しか し、若手の社員の給与の表を見ると、大企業との格差は歴然だ。業績が好調な 業界への転職を考えても、おかしくない。世間並みの待遇を保証するのは経営 者の責任だとわかっていても、現状の経営状態を考えると、大盤振る舞いはで きない。お茶を濁したような僅かの昇給で我慢してくれるだろうか。早くコロ ナが終わって、以前のような正常な状態に戻ることを祈るばかりだが、他人の せいにはしたくない。つまることころ、その経営者の考え方を整理して、会社 の実情、実態を正確に正直に説明する。金額の大小より、その説明の内容、姿 勢を従業員は見ている。この経営者についていくのか、見切って去るのか。決 して賃上げの金額の大小ではない。正直に、自信をもって丁寧に説明すること だ。この難局を通り過ぎた次の姿を訴えることだ。