**************************************************** ・・・・・経営の現場から・・・・・ 【成岡マネジメントレター】(毎週月曜日発行) 第978回配信分2023年02月06日発行 賃上げの原資の捻出は売上増加だけではない 〜できるか中小企業の賃上げその2〜 **************************************************** <はじめに> ・先日の新聞報道によると、某保険会社の9,000社の中小企業への賃上げの調 査では、多くの中小企業では今回の賃上げについて、できると回答した企業は 3割にとどまるとの記事が掲載されていた。従業員が少なくなるほど厳しく、 5名以下の企業で賃上げを予定している企業は2割だった。賃上げをしない、 できない理由としては、「景気の先行きが不透明」「足元の業績悪化」「借入 金の返済を優先」などが揚げられていた。しごく妥当な理由で、中小零細企業 の代表者の本音が見て取れる。特に、景気の先行きが不透明という理由には、 コロナ、為替、金利、海外の政情不安など、多くの要素があり、複合汚染と言 うべきか。どれかひとつを解決すれば終わりというものがなく、不安になるの も納得がいく。 ・さらに、この調査では、「賃上げの意向はあるが実施できない」という回答 が14%、「実施そのものをしない」という回答が18%だった。「検討中」が19 %、「未定」が15%だった。これからみると、多くの中小零細企業の経営者 が、今回を含め今後の経営状態にまだ確固たる自信が持てないことがよくわか る。経営者からのコメントとして、「自分たちのような零細企業では賃上げは 難しい。自分自身の報酬も長年全く上がっていないし、逆に最近では減らして いる」という回答もあった。これが偽らざる現実だろう。事業の存続、継続を 考えて、まずは自身の身を切ることを先行し、それでもダメなら賃上げを我慢 してもらうしかないというのが、正直なところだろう。確かに、多くの中小零 細企業で、役員報酬が増えている企業は、ごく稀だ。 ・従業員が20名以上の企業では、賃上げを予定している企業は約5割ある。と ころが、これが10名以下になると約4割弱に減る。前述したが、5名以下にな ると2割にも満たない。日本全国の企業従事者のうち、約7割の人が中小企業 に勤めている。その人たちの賃上げの環境は、非常に厳しい。それに比べて、 中堅企業から大企業などは、その大半が最近にない賃上げの恩恵に浴する。20 名以上の中小企業の約半分が、金額は別にして賃上げを予定しているという調 査結果は、何を物語るのだろうか。つまり、これは企業規模で線引きされると いうことか。企業規模が大きいと、業績のアップダウンの吸収もなんとかでき るので、賃上げの予定も立てやすい。しかし、中小零細になると余力がない。 野球を9名のぎりぎりでやっているようなもので、ベンチに控えの選手もいな い。そういう状態ではなかろうか。 <価格転嫁のカベ> ・賃上げを予定している企業では、その率は2%未満が4分の1、2%以上3 %未満も約4分の1強、5%以上を考えている企業は1割だった。賃上げを予 定している中小企業の割合と、5%以上を考えている企業の割合を掛け算する と、大企業が考える5%以上の賃上げを中小零細企業で実現するのが、いかに 困難かがわかる。外需、内需ともに回復基調ではあるが、原材料高、燃料高、 為替の不安定要因など、今後の経営に自信が持てない中小零細企業の代表者の 本音が透けて見える。大企業の業績が好調になり、その結果下請け的な企業形 態が多い中小企業にトリクルダウンで恩恵が落ちてくるには、少し時間がかか る。従来の経験則では、最低1年以上時間差がある。 ・成岡が深く関わっている中小企業でも、発注先の大企業の業績や公共機関か らの入札案件に振り回されている。コストは上がる一方だが、受注額はそんな に増額されていない。むしろ、発注側の理屈としては年々コストダウンを要求 する。のまないと発注額を削られるという不安があり、泣く泣くその金額を承 諾する。ほとんど利益が出ない条件を突きつけられる。しかも納期は厳しい。 加えて原材料の手配がままならない。また、特に輸入の原材料の高騰は激し い。3年前の2倍以上の値段での仕入れを強要される。いやなら他から買う と、非常に冷たい態度だ。永年のつきあいの恩と義理もあったものではない。 特に、古参の担当者から若い担当者になると、過去のいきさつも無視される。 挙句の果てに、2社購買に切り替えられ、受注金額が半分近くに減少するケー スもある。 ・なかなか中小企業では得意先に納入価格、末端価格を値上げ要求することが 難しい。ほとんどは発注側と受注側との力関係にある。原材料の値上がりは説 明しやすいが、電力料金、ガス料金などは、全体でのコストアップになるので 単品で取り出して説明しづらい。人件費も同様だ。全社で3%の賃上げを実施 すると、その大半は製造コストに跳ね返るはずだが、これを合理的に値上げへ の反映を説明するのは難しい。つまり、製品別原価、最終コストというのは、 なかなか正確に把握できないというのが実態だ。卸売業、小売業は比較的数字 で示せる根拠があるが、製造業は製品別の原価、経費を配布するのが難しく、 全社でいくらという説明しかできないことが多い。そうなると、末端価格の値 上げに関して説得力のある説明が難しい。 <売上増加より経費削減> ・少し数字で確認しよう。仮に、8名の従業員が在籍し、平均の額面の給与が 1人平均分かりやすく25万円だとする。単純に毎月の総支給額は200万円にな る。この給与を賃上げで2%上げたとする。月次の総昇給額は4万円になり、 年間で48万円の増額になる。この増額分が社会保険料の会社負担、時間外手当 の増額、退職積立金の増額などに跳ね返り、結果的に賃上げの増額分に20%く らい加算した金額がトータルの増加額になる。つまり、48万円×120%=約60 万円になる。この増加分のおカネを捻出するにはどうすればいいか。単純に売 上の増加でカバーするとどうなるか。仮に、この企業の売上高に対する最終の 利益率が2%とすると、この賃上げの原資を捻出するには、売上を60万円÷2 %=3,000万円増やさないとカバーできない。 ・製造業で、従業員が8名、社長と事務職1名で合計10名の中小企業だとする と平均の売上はおおよそ1億5,000万円前後か。原価率や粗利率がいくらかは別 にして、最終の利益率が2%とすると、1億5,000万円の売上を3,000万円増や さないと2%の賃上げ原資は捻出できないことになる。つまり、売上を2割増 やすということだ。今の時点で、この先行き不透明で、原材料も高くなり、電 気代、ガス代も上がる中で、2%の賃上げをするには売上を2割も増やさない といけないという計算になる。果たしてこれが現実的に可能か。たまたま、あ る年度はできるかもしれないが、会社が続く限り未来永劫に売上増加を確保維 持しないといけない。あなたが社長だとすれば、簡単にこの賃上げを容認でき るか。 ・もっとも、最終の利益率が2%という計算の前提だ。これが、もっと優良な 企業で5%あったとする。そうなると、60万円÷5%=1,200万円の売上増加 で収まる。1億5,000万円の売上で1,200万円の売上増加は8%。これくらいな ら手が届くか。しかし、業種、業態で大きく異なるから、そう簡単なことでは ない。発想を変えて、賃上げ原資のすべてを経費の節減で捻出しようとする と、年間60万円月額5万円の経費節減を図ることになる。売上1億5,000万円の 会社で、月額5万円の経費節減はできない話ではない。ある企業では思い切っ て代表者の社有車を廃止した。ちょうどリースの期限切れを控えていたので、 代表者の社有車をやめて、従業員が使用する営業車の空いている時間の使用に 切り替えた。通勤も、社有車から自転車に切り替えてもらった。経費節減と健 康増進の一石二鳥だった。 <賃上げは経営者の覚悟次第> ・売上を伸ばすのは王道だが、相手があることだ。いくら自社で力んでも、相 手が納得して協力してもらえないといけない。それに比較して、自社の中を見 渡し、以前から当たり前と思っていたことを見直せばいい。先ほどの例で言え ば、社長は会社の車を使うものだという常識がはびこっている。それも、通勤 の往復と、ほんの少しの会社の業務に利用するだけで、ほとんど会社の駐車場 に停まっている。リース代、ガソリン代、保険料、駐車場の費用など全部合計 すると賃上げ原資以上にお釣りが来た。どうして今まで手を付けなかったの か、不思議でたまらない。この会社は総務経理の古参の担当者が定年で退職 し、若い中途採用の担当者に交代した。その途端に、こういう変化が起こっ た。社長も十分説明を聞いて納得した。 ・あるいは、年配の従業員さんが定年で退職した。彼の給料は年配だったか ら、そう高くはなかったが、補充を見送った。現場からは、補充しなくても やっていけるとの前向きな意見が多く出た。しからば、そのベテランが退職し たことによる年間の会社負担額は、まるまる人件費の減少につながる。その半 分が現在の従業員の残業による時間外手当にまわっても、十分すぎるくらいお 釣りがくる。若手の従業員は退職したベテラン社員のノウハウを吸収し、さら に一層工夫を凝らして作業時間を大幅に短縮した。今まで、1時間当たり3個 しか製造できなかった難作製品を5個製造する方法を確立した。この製品は粗 利が大きいので、収益面での貢献度は非常に大きい。こういう例は、探せば現 場にはいっぱいあるはずだ。 ・会社の成長とは何か。従業員の幸福とは何か。確かに、会社が成長するに は、一定の継続した投資が要る。投資ができる原資を確保するには、売上の伸 びは必要だ。そして、出た利益から将来への設備投資、老朽化した設備の更新 投資、作業の効率化のための合理化投資の3つを行わないといけない。さら に、残余の利益で従業員の待遇の改善を図らないといけない。それが賃上げの 原資に結びつく。要するに、経営者の覚悟が問われているのだ。投資ができな いと生産性は上がらない。賃上げができないと、優秀な社員は組織から出てい く。将来のリスクに備えた内部留保もできない。今後の不透明な環境でも、こ れらを継続して行い、さらに結果を出すには、経営者の覚悟が要る。覚悟がで きた企業は、賃上げができる。